雑誌、新聞などへの発表原稿

「DXにどう向き合うか?」2022.1.7

授業中の大学生に、「もしスマホがないとどうなる?」と尋ねたら、「生きていけない」という答えが返ってきました。どうやらデジタル技術は、単なる便利という状態を超え、もはや私たちの生活全般に影響を与えているようです。

DX(デジタルトランスフォーメーション)も、単なる業務のIT化を指すのではなく、ICTIoTAIなどを複合的に組み合わせて、産業構造や社会構造を、根本から変えてしまう要素を含んでいます。

GAFAのひとつのアマゾンは、ネット通販を進化させることで、世界各国に物流革命を起こし、映画館などのエンターテインメントビジネスを変容させ、消費者の意識と行動を一変させました。

また、使用されている「レコメンド機能」は、消費者の嗜好を把握し、商品を推薦してくれる便利なものである一方、私たちの潜在意識にまで入り込む点で、情報社会や文化といった、人間社会そのものに、大きな影響を与える可能性も持っています。

この意味で、DXは人類社会を真に豊かにする一方、進め方によっては社会的問題につながる側面もあります。今後は、社会と調和させながら、健全に育てていく必要があります。

しかし、日本社会のDXは、世界の先進国に比べて、一歩遅れを取っています。

経済産業省は「2025年の崖」という言葉を使って、日本の企業や社会は、古い経営感覚や社会通念を脱ぎ捨て、ICT社会に、正しく適応する必要がある。もしDXを行わないと、経済的には、2025年から年間で、現在の約3倍、最大12兆円の損失が生まれるだろうと報告しています。

日本は、今後、DXにどのように向き合っていけばいいのでしょうか?

ある研究者は、日本のAI研究は、先進国から2周遅れだと言います。

そういう状況の中で、日本は、「ソサエティ5.0」構想を掲げ、フィジカル空間とサイバー空間を、ビッグデータとAIを活用しつなぐことで、様々な日本の価値が融合した未来社会をつくろうとしています。その中に、ロボット技術とAIを連動させる計画もあります。

ロボット産業は日本が世界に誇る分野です。世界を席巻した産業ロボットはもちろん、ヒューマノイドや自動運転でも、日本は世界の先頭を走っています。

AIそのものの開発では遅れても、ロボットにAIが搭載される「ものつくり」とITが交差するIoT時代は、日本の起死回生のチャンスとなるかもしれません。

いまも続くコロナ禍は、皮肉なことに、社会のデジタル化を一気に加速し、テレワーク、遠隔医療、人工衛星による遠隔無人工事、スマート農業、ドローン宅配など、DXにむけた新しい生活様式を生み出し始めています。

その中で、最近注目されている「テレイグジスタンスロボット」技術をご紹介しましょう。これは離れたところのロボットと、操作する人が連動する技術です。

まず操作者は、センサーを通じて、ロボットの視覚や感覚を共有し、ロボットが体験していることを、あたかも自分が体験したように感じることができます。また、自分の体を使って、ロボットを自分の体のように操ることもできます。いわゆる「分身ロボット」の状態です。

この技術を使えば、人間が行くことができない災害現場や、海の底、宇宙空間、ミクロの世界でも、どこでも行って作業をすることができます。また、離れたところに住む年老いた両親の介護を、自分の分身として、ロボットにさせることも可能です。すでに都内では、体が動かない重い障害の人が、テレイグジスタンスロボットを使ってサービスする喫茶店も現れています。

このような試みも、今後日本が挑戦できる分野の一つといえるかもしれません。

とはいえ、DXを自分の会社や組織でどのように進めるのかは、むつかしい問題です。私は、取材していて、「AIを導入してDXをやる」ことのみが先行して、社内が混乱している社長さんを時々見かけます。当然なことですが、AIICTを導入すれば、そのまま、課題が解決するのではありません。その会社にどのような課題があり、どのような戦略で解決するのかといった、構造的な認識と問題意識があり、それとAIが結びつかないと、前進できないのです。その意味で、DXは単なる概念であり、魔法の杖ではありません。

まず自分の足元を見つめ、課題が何か?どうなりたいのか?というイメージをしっかりと持ち、DXに向き合っていくこと。そしてDXの中心には、常に人間がいることが必要です。その時初めて、真の意味でDXが花開くのではないでしょうか。

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マスコミから見た放射能問題(環境と健康2012年12月号)

(要旨)
東日本大震災による福島第一原発事故は、日本にあらゆる側面の混乱を引き起こした。その中の一つに「放射性物質の人体への影響」を巡る混乱があった。原因は「事故は起きない」という原子力安全神話にさかのぼるが、それに加えて、分かりにくい科学的事実をどのように伝えるべきかという「科学コミュニケーション」の不足があったように思う。そしてこの「科学コミュニケーションの不足」は行政、専門家、そしてマスコミの対応不足、力不足に大きく起因している。この論説では、主にマスコミの側面からその問題点や今後の課題を探りたい。しかし、もとより「マスコミ」と言っても幅が広く多様で、この意見は一テレビマンの個人的なものだという前提でお話ししたい。

● 混乱の中で行われた原発報道
今回の原発事故の報道は、尋常ならざる状況下で行われた。2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、NHKで、3月中に行われた関連ニュースや番組の総放送時間は400時間を超え、地震、津波、そして原発事故による被害の拡大との格闘だった。原発事故による放射能汚染問題は、そのような複雑な巨大災害に絡む形で進行していった。NHKはチームを割り振り、それぞれの状況に対応し、字幕放送や外国語副音声、インターネットとの連動など複合的な放送を展開したが、「地震津波災害」「原発事故」「放射能の影響」の三つどもえの中で、前代未聞の複雑かつ多面的な放送業務となった。その後課題は、電力供給など「エネルギー」のあり方にも飛び火し、複雑さはますます拡大。現在も続いている。

● 放送への批判
国民の不安や心配はピークに達し、放送へのさまざまな注文や批判が出た。私が個人的に感じたものを列挙してみよう。
(1)「直ちに影響はない」報道への批判
朝のニュース番組のタイトルに「放射線、こんなに怖いのにやっぱりわからない」というのがあった。このタイトルは、市民が原発事故による放射能問題をどのように感じているかを、端的に示している。放射線の人体への影響は「直線仮説」による説明が一般的だが、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくや内部被ばくについては、わからないことが多く、人体への影響は判別できないとされる。しかし判別は出来ないけれども、放射線被ばくは限りなく0にするのが望ましく、除染などの努力が必要ともいう。
ここで、まず市民は混乱する。一体放射能の中での生活はどこまで安全なのか?食品の汚染などでいわれる「直ちに影響がない」とはどういうことなのか?心配ないということなのか?そのうち危険だということなのか?「危険なのか」「安全なのか」一体どちらなのかということである。
科学的には二者択一で考えることこそ問題で、「リスク」を正しく理解していないということになるだろうが、行動は具体的で、はっきりした結論や指示を求めてくる心情は痛い程理解できる。このような曖昧な情報の中で、「放射線の人体の影響」を危険視する専門家の意見が出たりすると、ますます不安は増大し、不信感が拡大するという結果につながっていったのである。
(2)報道は情報を隠しているのではないか?
「直ちに影響がない」報道以降、報道は東京電力や政府と結託して「情報操作をしている」のではないかという批判が出た。原発事故後マスコミに登場する専門家が「問題ない」「心配ない」と繰り返す中、事態はますます深刻化していった。そのプロセスを見るにつけ、マスコミはかつての大本営発表のように、入手した情報を制限して、都合のいい情報だけ報道しているのではないか?マスコミは原発事故の本当の姿を伝えていないのではないか?いやわざと伝えないようにしているのではないか?という不信感が増大した。
やがてその不信感は、マスコミから報道されるその後の情報の信憑性そのものにも影響し、問題が深刻化していった。そしてこの傾向は、「マスコミ」と「専門家」が一体化した者に対して向けられ、やがては「科学(者)」そのものへの不信感にもつながっていったのである。
(3)住民から遠ざかるマスコミ
原発報道を続けているうちに「マスコミは汚染地帯からなぜ逃げるのか?」という批判が出てきた。今回の事故では、例えば「屋内退避区域」のように、一定の放射能汚染地帯で住民が暮らし続ける地域があるにもかかわらず、マスコミはその区域での十分な報道を避け、逃げているのではないかという批判である。マスコミ各社は、汚染地帯での取材では、一定の内規を持ち、取材制限やローテーションを決めているところがほとんど。一定の被ばく量に達したら取材を打ち切り帰社させ、新たな記者が取材に入るというシステムをとっているところが多い。しかし、住民から見たら、同じ人間が住んでいる場所なのに、マスコミがそれをさけ、逃げているように見える。「一体マスコミは住民の味方なのか?」という不信感につながっていく構図となる。
以上3つの批判をあげたが、まだあるかもしれない。また私の分析と違う意見もあるかもしれない。しかし、いずれにしても、このような3つの要素が絡み合い、悪循環を起こして、深刻化していったのではないだろうかと思う。

● 放送局の二つの情報ルート
ここで基礎知識を一つ。
マスコミが取材する時の「情報のルート」について説明したい。よく省庁の関係者が「情報をマスコミに流した」というが、それはマスコミ(放送局)の一部(記者)にすぎず、全部に流した訳ではない。従ってその場合、放送局の一部にしか情報は伝わっていない。
NHKの場合、放送に携わる人種は、大雑把に言って2つ。記者とディレクターである。記者は記者クラブに属し、各省庁などでニュースを扱う。ディレクターは記者クラブには属さず、番組作りの為の取材を行い、構成演出し、番組を通じて情報を社会に流す。よく「記者は狩猟民族」「ディレクターは農耕民族」といわれるが、「記者」の重要な仕事は、ニュースをいち早く察知し、正確に情報化し、速やかに社会に伝達すること。これに対してディレクターは、情報を入手はするが、それを多面的に検証したり構成したりして、一つの作品に仕上げる仕事をする。その点では、種をまき育て、実を刈り取る農耕民族に似ている。もちろん2つの人種の間に位置する仕事も多くあるが、「記者」と「ディレクター」は放送局の両輪のような関係で、いずれも重要といえる。放送局に情報を流すためには、記者クラブだけでなく、もっと多面的なインプットの仕組みが必要といえるかもしれない。

● 報道が直面した壁とは?
さて、今回の原発事故関連報道において、報道に携わる者は、多くの「壁」や「課題」を実感した。それを整理してみよう。
(1)「緊急情報伝達システム」の限界
原稿の最初に書いたように、今回の災害は複合的様相が強く、情報が錯綜し、その中で複雑でわかりにくい「原発事故による放射能汚染」という状況が起きた。各マスコミは、緊急報道に対応する為のシステムの充実に努めてはいるが、今回の災害、とりわけ初期の状況はあまりにも緊急的色彩が強かったように思う。通常情報は、放送の場合は、現場(1次情報を持つ組織:今回は東京電力や関係政府機関)から記者に伝えられ、記事として編集され、放送局で映像や解説が付加されて放送に至る。しかし今回は、1次情報があまりにも限られていた。事故が拡大する原発内部で、一体何が起きているのかがわからず、そのあやふやな状況の中で記事にしなければならない。現場に行って確認しようにも危険で近づけない。取材対象となる専門家も混乱している。そのような状況下でのきびしい報道が続いた。
状況をさらに深刻にし、報道をスムーズに行えなくした根底には、「原発事故は起きない」という原発神話がある。過酷な原発事故を想定せず、このような事態を想定せず、対応するマニュアルも完全なものが出来ていなかったのだ。NHKはその後、緊急時の対応マニュアルをつくりなおし、リスクに強いリモートカメラなど対策を講じつつあるが、「緊急時の情報」伝達システムは、マスコミのみの問題ではなく、1次情報を提供する政府も含めた大きな視点によって作り上げる必要があると思う。
(2)専門的情報をどう伝えるか?
私はもともとプロデューサーで、科学番組を長く制作してきたが、専門的情報を扱う科学番組で最も苦労することは「正確すぎると伝わらず、単純化しすぎるとウソになる」ということだ。マスコミには情報伝達の物理的限界がある。新聞には紙面の大きさ、テレビでは放送時間の制約がそれにあたる。またテレビの場合、番組を見る視聴者は一般市民で、専門知識がない場合がほとんど。難解な科学的情報を伝えるには、どうしても単純化する必要がある。専門家が見て十分に納得できる説明をすると、おそらく市民には「何を言っているのかわからな」くなり、結局情報そのものが伝わらない状況が生まれる。しかし一方で、わかりやすくする為に、映像や比喩をまぶし、おもしろおかしく単純化すれば、科学的事実や研究の本質が歪められ、間違った情報伝達になってしまう。「単純化するが本質はきちんとおさえ、科学的事実の骨格を伝える」ことを目指さなければならないが、実際には「言うは易く行うは難し」。科学や技術が複雑化、専門化する中で、マスコミのおかれた科学報道の状況はますます困難なものになってきている。
(3)情報の多様化をどう図るか
メディアには様々な特性がある。テレビは映像を使う為、視覚的情報に強く、ドラマなどの芸術性のある番組とともに、生中継などでは圧倒的な強みを持っている。新聞はテレビには時間的に遅れるが、イラストとともに豊富な文字情報によって深い記事や論説が可能。そして最近発展しているネットは、誰でもどこでも情報を発信でき、情報量も制限がない為、極めて多様な情報提供が可能になるが、一方でマスコミのような編集チェックシステムが弱く、玉石混淆の情報になりやすい危険性もある。現代社会はメディアの多様化が進み、様々な手法で情報が提供されているが、基本的には、市民が多様な情報を入手し、自ら判断できることが望ましい。メディアの各特性を駆使し、それぞれのメリットを融合させた、成熟した情報社会に育てていくシステムが必要がある。

● 今後どうすべきか?
では今後、何をどのようにしていったらいいのか?私論をまとめてみよう。
(1)「わかったこと」「わからないこと」を区別する
まずやらなければならないことは、「わかっていること」と「わからないこと」を峻別して報道することである。「当然ではないか」と思われるかもしれないが、これが実際には難しい。なぜなら取材者は、専門家に対して「何がどうなっているのか」をしつこく問い、その論理のフレームをクリアにしようとし、その勢いに押されて、専門家も無意識に「なんとか説明しよう」とし、ついつい理屈付けをしてしまう傾向がある。特にテレビスタジオのような非日常の場所ではその圧力はさらに強くなり、「わからない」と言いにくくなる傾向がある。私は、今後は「わかったこと」「わからないこと」を伝える時は、いずれもその根拠を明確にしつつ伝えていく努力が必要だと思う。そして、真の意味での客観的な情報を目指す必要があるのではなかろうか。
(2)リスクをきちんと伝える
今回の原発事故では、たとえば「放射能の影響」など、リスクを、市民にきちんと伝えることが出来なかった反省がある。リスクが正しく把握できないので、かえって不安が増幅し、混乱が拡大していったのではなかろうか。その視点からいえば、今後の報道は、状況が抱えるリスクを、できるだけきちんと伝える必要があるといえる。
しかし、その時、ひとつ落とし穴がある。ただリスクをそのまま伝えればいいというものではないからだ。例えば、医師が患者に、例えばがんの告知や生存率を伝えるとき、インフォームドコンセントの考え方では、客観的データをそのまま伝え、あとは個人の判断をあおぐという構図になっている。しかし、真のインフォームドコンセントは、その情報をきちんと把握し、正しく向き合い、判断、行動できる患者の主体性とセットでなければならない。リスクをありのままに伝える時、そのリスクにどのように向き合うべきかという「知恵」も同時に提示する必要があるのではないだろうか。放射線のリスクについても、客観的なデータを機械的に伝えるだけでは、「伝えた」というただのアリバイ作りに終わる危険性がある。リスクの数字をどのように理解し、向き合うべきかといった「知恵」も同時に伝えなければなんの意味もないのではなかろうか。
(3)専門的ジャーナリストの育成
日本のマスコミの人事評価システムは、ジェネラリスト優先の傾向がある。最近はだいぶ良くなったが、それでも欧米と比べると不十分だ。例えば外国で取材活動をする時、年配だが、専門性が豊かな優れたジャーナリストによく会うことがある。彼らはその専門性によって大きく評価され、ジャーナリストとして大成している。しかし日本のマスコミ(特に大マスコミ)では、スペシャリストよりもジェネラリストに重きが置かれ、人事的評価や待遇も良くなる傾向がある。若くして優秀な記者は、早い段階で幹部候補となり、ジェネラリストとなっていく。その結果、優れたスペシャリストが育ちにくく、いざという時、専門的情報を熟知し、適切に対応できる体制がとりにくい。専門性に優れたジャーナリストを育てるシステムをきちんと作り上げていかないと、今後も同じパターンが繰り返されることになる。
(4)科学者の社会参加と学会のリーダーシップ
責任はマスコミばかりではない。科学者や学会の責任も大きく、多くの課題を残している。例えば、放射線と人体への影響については、専門家の間の論争に決着がついておらず、市民もマスコミもそれに翻弄される構図だ。学説の対立が正しく学会で議論されず、あるいはその結果が社会に対してきちんと発信されていないと(そのように見える)、社会もマスコミも混乱する。お互いの悪口をウラで言うばかりでは、状況はますます混乱し、市民はうろたえてしまう。学会がもっと存在感を発揮し、わかりやすい情報の提示をする必要があるのではないだろうか。また専門家は、市民に対して説明することが苦手で、説明を聞いてもわかりにくい。中には「わからない市民が悪い」と開き直る専門家さえいる。しかし、それは大きな間違いだ。これからの専門家は、市民に説明する言葉と能力をきちんと持たなければならない。そして真の意味でマスコミと連携して、健全な情報を社会に対して発信していく必要があるのではないか。
(5)市民のリスク教育
マスコミや学会の改善は、市民の意識の成熟と連動していなければならない。今回の原発事故では、市民のリスクに対する認識についても大きく考えさせられた。「原発安全神話」は、ある意味、原発は絶対安全という政府の説明と、それを求めた市民の合作だともいえる。もとより科学技術に絶対はなく、それだからこそリスクに対する認識と行動規範やルールが必要といえる。しかし、日本では、そういう現実的認識が欠け、一種の「共同幻想」が形作られ、物事が進行してきた。学校教育では原発や放射能のリスクに対する教育は行われず、リスクときちんと向き合い、理解し、行動できる成熟した市民が育ってこなかったといえる。今後は、学校教育の中でもリスク教育を実践し、賢い市民が増えていく必要がある。また、メディア情報を鵜呑みにせず、自らの思考で判断できる目を育てる、いわゆるメディアリテラシーも市民の間で育っていく必要があるように思う。

● まとめ
現代社会はリスクに満ちた社会といえる。環境問題や化学物質の汚染など、同様のパターンがあちこちで展開している。曖昧で、目に見えにくく、将来にわかって影響が及ぶかもしれないリスクに、私達はどう向き合えばいいのか。市民が正しい科学的「目」を持ち、判断し、行動しながら、専門家、政府、企業、マスコミと連携し、成熟した社会をつくることを目指すべきだ。今回の原発事故は、不幸な事態ではあったが、「災い転じて福となす」きっかけとしたいと思う。

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天才ジュウシマツ“パンダ”の悲劇

春になると、いつもあの疑問がわいてきます。それは鳥の声への私の疑問。

鳥の声はどうしてあんなに透明で美しく、はかなく、懐かしいのだろうか?

子供のころキャンプの森で聞いた野鳥の声。さわやかな空気、目に沁みる緑、そして友達同士との気が遠くなるほど楽しい時間の思い出とあいまって、そう思うのでしょうか?いやいや、やっぱり鳥の声は不思議だ。わたしは長年、そう思ってきました。

5月は野鳥が活発に活動する季節。

今年も、またあの疑問について思いめぐらしています。

私が数年前やっていた「科学大好き土よう塾」に出演した高名な先生が、この疑問に答えてくれたことがあります。理化学研究所脳科学総合研究センターの岡ノ谷一夫先生です。

番組のタイトルは「鳥はどうして鳴くの?」。

先生はとてもユニークな方で、

スタジオ

で、鳥の「さえずり」について、非常に興味深い話をしてくださいました。そもそも一般に鳥は、オスメスに限らず、一年中「地鳴き」と呼ばれる声で、鳥同士のコミュニケーションをするのですが、オスだけ、春から夏にかけて、「さえずり」という不思議な鳴き方をするそうなのです。

(余談:したがって春から夏のキャンプでは「鳥のさえずりで目が覚めた」は正しいが、それ以外の季節では「さえずりで目が覚めた」ではなく、「地鳴きで目が覚めた」が正しい表現。あまりロマンチックではないですよね。)

さて、「さえずり」は人間でいうと「歌」のようなもので、この上手下手で、オスはメスにもてるかどうか、つまり自分の遺伝子を後世に残せるかどうかの瀬戸際に立たされる重要なものだというのです。

その岡ノ谷先生の実験を、番組の中で、映像で紹介しました。

ジュウシマツの2匹のオス、タロウとアキラがメスのモモコに求愛し、

その声(さえずり)の分析をします。

まずタロウがモモコと一緒のかごに入りました。

タロウはまだ新米のジュウシマツで、メスへのさえずりに慣れていません。

しかし、かごに入ってまもなく、タロウは果敢にもさえずりをはじめました。しだいに声の調子もあがり、若いタロウは、しきりとモモコに働きかけようとしますが、モモコはなぜか気乗り薄で、タロウがモモコのそばに行っても、顔を背けるようにしてすぐに別の所に逃げてしまいます。

実験終了時、タロウは疲労困憊。がっくりと肩を落として、傷心の状態になってしまいました。

さて次に入れられたのは「アキラ」というジュウシマツ。メスの間では評判のプレイボーイです。アキラがかごに入ってまもなく、アキラは常にモモコのそばにぴったりと寄り添って歌を歌い、あれよあれよという間に交尾してしまいました。しかも、モモコも嫌がる様子がありません。

一体何が違ったのか。

この2羽のジュウシマツの声のパターンを分析すると、タロウの声は一見にぎやかで活発ですが、よく見ると同じパターンを繰り返し、一本調子で押しつけがましい感じ。これに比べてアキラは、まず短い「さわり」の声を出し、次にやや変化をつけたものに変え、そののち「メインテーマ」で歌い上げていたのです。しかも延々と歌い上げることはせず、また短いパターンの声で変化をつけ、再び歌い上げるという、手の込んだ歌唱方法をとっています。また、このバリエーションをメスによって変え、つねにメスのそばに寄り添い、メスの反応を確認しながらさえずりを続け、歌の効果を検証しつつ、タイミングを見計らって交尾に及んでいるのです。まさにプレイボーイジュウシマツの面目躍如です。

それにしても歌い方が違うと、なぜ「もて方」に差が出るのでしょうか。

岡ノ谷先生によると、じつは野鳥の世界では、アキラのような変化に富んだ声を出すのは、本来危険なことなのだそうです。外敵がいる森の中で、歌に精力を費やすと、そのぶん注意力散漫となり、生存の危機に自らをさらしてしまうからです。しかしこの状況をメスから見ると、「危険な中でも歌が歌える頼もしい人(鳥)」ということになります。つまりジュウシマツは複雑なさえずりをすることで、自分の余裕の姿をメスに見せつけ、自分の大きさやたくましさをアピールしているわけです。

わたしはこの話を聞いて、とても不思議な気持ちになりました。

人間と姿も違う鳥の世界で、人間そっくりのドラマが展開し、しかもそれが「歌」という手段を通じて行われている姿は、単なる不思議を通り越して、深い感動すら覚えたからです。これは、人間界でいう「文化」の物語ではないか。生物が生きるとは、一体どういう事なのか。進化の神秘というほかないではないかと感じ入ってしまうのです。

さて、番組の収録も終わり、控室で、岡ノ谷先生とお茶を飲みながら談笑しているとき、衝撃的な話がでました。それは「今までで一番歌が上手かったジュウシマツは誰か」という話題になったときでした。岡ノ谷先生は、突然声を低め、「それはやっぱりパンダだなあ」と、感慨深そうにつぶやき、遠くを見つめました。

「パンダ・・」私の心の中をざわざわと胸騒ぎが駆け抜けました。

パンダは天才的なさえずりの名手でした。

歌のバリエーションはアキラの比ではなく、さわり、展開、メインテーマの組み合わせとも天下一品、絶妙無比。人間ですらうっとりとするほどの技量だったといいます。しかし奇妙なことにパンダはもてなかったのです。

なぜか。

残念ながら、パンダは自分の歌に酔うタイプのジュウシマツでした。

歌のバリエーションは天才的でも、アキラのようにメスの表情を読みながら歌うことをせず、純粋に音のつながりでさえずる芸術家タイプの鳥だったのです。

結局この話は、テレビで紹介されることはなく、

打ち合わせ室に居合わせた、数人のスタッフ達の心の中に、

小さな感動を巻き起こしただけで終わってしまったのでした。

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スペースシャトルが残したもの2012.1.19

30年前、初めてスペースシャトルを見たときの感動を、私はよく覚えています。それは今まで見たこともないデザインでした。アポロやソユーズのようなロケット型ではなく、曲線の多い白く美しいボディー。どことなくおっとりしていて、打ち上げの時は燃料タンクにしがみつき、なんだかすこしユーモラス。しかし、最先端の科学技術の粋を集め、轟音を上げて大量の荷物と人間を運び、自由に宇宙空間を往復し、地上に颯爽と滑空して帰る姿は「かっこいい!」の一言でした。シャトルはまさに人類の宇宙への夢を満載した科学のシンボルであり、若者たちの心のドアをノックしたヒーローだったのです。

偉業は数えきれません。

現在のところ、人類の宇宙飛行経験者は、のべ1176名ですが、シャトルは135回の打ち上げで、なんとその7割を運んでいます。16トンもの大型の荷物を搭載し、他の宇宙機では絶対できない、国際宇宙ステーションやハッブル宇宙望遠鏡の建設を可能にしたのもシャトルです。そのおかげで、私たちは、高度400キロからみた国境のない地球の姿を観察したり、星の始まりや終わりといった、息をのむほど美しい宇宙の姿を、目の当たりにできるようになったのです。また将来、必ず必要になる「往還機」技術(宇宙と地球を行き来する)を確立したことも見逃せない業績です。要するに、シャトルは、人類が宇宙に進出する、本格的な有人宇宙時代を切り開いた「立役者」なのです。

しかし一方で壮絶な戦いの歴史もありました。

コロンビア、チャレンジャーの2度にわたる悲劇は、宇宙事故の凄まじさ、宇宙空間の過酷さを見せつけました。宇宙飛行士や関係者の方のお話を聞くと、地上に帰還したシャトルのボディーは、帰還時の熱で焼け焦げていたり、宇宙に漂うチリ(宇宙ゴミ)が当たった跡が至る所にあり、その傷だらけの姿に驚くそうです。シャトルは、苛酷な宇宙と戦うための設計を数々試みていますが、実際に運用してみると、その弱点や盲点も分かり、熾烈な批判にさらされることもありました。しかし結局、その苦悩と紆余曲折を乗り越え、ミッション終了のゴールにたどり着いたわけです。

それにしても、なぜそこまでして、私たち人間は宇宙に行こうとするのでしょうか?

私は、遺伝子に刻み込まれた「冒険心」「探究心」がそうさせるのではないかと思います。著名な科学者に聞くと、哺乳類、例えばネズミなどは、子供のころ、母親を安全基地として育っていくが、時々離れた場所を探索行動するそうです。探索を通じて周囲の環境を知り、認識を広げ、そしてあわてて安全基地(母親)のところに帰る。それを繰り返して成長していきますが、大人になると、この行動は次第に消えていきます。

しかし人間は、どうしたことか大人になっても探索行動をやめない。その理由は、人間の場合、自分が属する集団や組織を「安全基地」として位置づけ、そこを拠点として探索行動を続けているのではないかというのです。人間はそのように、組織的にも冒険を続けながら、環境に対する認識を広げ、環境を作り替え、さらに安全基地を作って広げながら、果てしない冒険や探索を続けているのでないかというのです。

なるほどその考えに立てば、はるか昔、アフリカで誕生した人類が、二足歩行を始め、アフリカを旅立って、理屈に合わない奇妙な長旅をした謎も理解できます。そもそも人間は、氷河期なのになぜ寒い場所に北上していったのか?ベーリング海峡手前でスタンバイし、陸続きになるや北米にわたり、さらに南下して赤道を越え、南米南端まで移動するという、奇妙な行動をなぜとったのか?「人口増加で拡散した」というような説明だけでは、なにかしっくりとは理解できません。やはり、人間の本能「好奇心」や「冒険心」がそうさせたという側面があったのかもしれない。そしてその特徴は、現代人にも脈々と受け継がれているのかもしれないと思うのです。私たち人間は、進化の中で脳を巨大化させ、周囲の環境を理解し、人工環境(文明社会)を作り出して生き延びる生存戦略をとったわけですが、その根底には、新しいものに対する強烈な好奇心が横たわっているのではないでしょうか。そしてこの好奇心が消えるとき、人間の進化が止まる時なのかもしれないと、私は最近よく思うのです。

スペースシャトルが存在した背景には、当然、各国の国家戦略や軍事的、政治的思惑、経済的理由など、様々なものがあります。宇宙開発はまさに国家利益が衝突する現場であり、シャトルはその交差点にあった乗り物ともいえます。しかし人間という生物がこの素晴らしい乗り物を作り出した「壮大な物語」がその底に存在することも事実なのだと思います。

さて、これから宇宙開発、とりわけ日本の宇宙開発はどうなっていくのでしょうか?

実は日本にとってこの上ないチャンスがやってきています。日本は国際宇宙ステーションへの輸送機としてHTV「こうのとり」を開発していますが、シャトルなき後、巨大な荷物を宇宙ステーションに運べるのは、いまのところ、日本の「こうのとり」だけだからです。しかも今後、こうのとりの技術を発展させれば、ロシアのソユーズのように、人間を運ぶことも可能になるといいます。

その意味で、現在の日本は、世界から熱い視線で注目されています。そして、今後の日本の宇宙開発をどうするのか、その方向性を決める分岐点に差し掛かっているとも言えるのです。

スペースシャトルは、7人の日本人の宇宙飛行士を誕生させました。

彼らは、ときに長期間、国際宇宙ステーションに滞在し、宇宙空間での医学的影響や、様々な実験をこなし、宇宙がどのようなところなのか、膨大な情報を学習しました。この知識は、将来日本人が宇宙に進出するとき、私たちを背後からしっかりと支えてくれる、貴重なものとなるでしょう。

はたして私たち日本は、今後、シャトルが残した遺産を日本らしく発展させ、素晴らしい宇宙時代を切り開くことができるのでしょうか。そして私たちの国や世界を、人間が幸せで豊かに暮らす場に成長させることが出来るでしょうか。地球を宇宙的視野でとらえ、未来を切り開く英知を得るためにも、人間と宇宙のかかわりを、これからも考え続けていきたいものです。

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宇宙コラム2「アルマ電波望遠鏡で見る宇宙の神秘」2012.1.19

「私はどこから来たか?私は何者か?そして私はどこに行くのか?」

この問いは人類がずっと追い求めてきた永遠の問いです。現代科学の説明では、宇宙が生まれ、物質が進化し、太陽系が生まれ、生物進化がおき、そして人間が生まれたということになっていますが、それがどのようなプロセスでどのように進んだのか、実はわからないことだらけ。その問いの一つに天文学から答えようとしているビッグプロジェクトを今日はご紹介しましょう。

場所は南米チリの5000メートルの高地にあるアタカマ砂漠。ここに、日本を初めとする世界約20カ国が参加するアルマ電波望遠鏡が建設中です。巨大なパラボラアンテナ66台を最大18.5キロの範囲に設置し、宇宙空間のチリやガス(星間分子雲)、さらにはまだ見つかっていないアミノ酸をも観測して、天体や生命誕生の謎に迫ろうというものです。

電波望遠鏡とはどんなものでしょうか?

宇宙空間の物質はすべて電磁波を出していますが、電磁波の種類は物質の温度によって違います。高温の物質からは波長が短いガンマ線やX線、温度が下がるにつれて紫外線や可視光(私達の目はこの範囲を見ることが出来ます)、温度がぐっと下がるとサブミリ波やミリ波(零下160-260度)といった波長が長いものになっていきます。電波望遠鏡が観測するのは、このサブミリ波やミリ波。つまり天体が誕生する前段階(非常に冷たい!)の、宇宙空間のチリやガスの様子を克明に見ることが出来るのです。

しかし残念ながらこれらの電磁波は、大気中の水蒸気や大気そのものに吸収されやすく、普通の環境では地上にほとんど届きません。そこで選ばれたのがチリのアタカマ砂漠。空気もきれいで、乾燥している為、絶好の建設場所として位置づけられたのです。

しかもアルマ電波望遠鏡は、パラボラアンテナ66台の位置を自由に変え、目的に応じた観測をすることが出来ます。望遠鏡に「口径」という言葉がありますが、口径は大きくなる程はっきりモノを観測できるようになります。アルマ望遠鏡は最大18.5キロの口径の巨大アンテナに相当するので、視力はなんと6000。東京から大阪の一円玉を見分けることができるスグレモノなのです。

 電波で見る世界とはどんなものなのでしょうか?今までの電波望遠鏡が観測した実例を、いくつかご紹介しましょう。

(写真1

たとえば、オリオン座の馬頭星雲を見ると、光学望遠鏡で見えない場所に、ガスや塵が分布している状況がわかります。濃度の高いところを赤く表示していますが、星はこういうところから生まれるのではないかと考えられています。

(写真2

これは超新星爆発のようすです。可視光でみると、輪郭が見えるだけですが、電波望遠鏡でみると、内側のチリやガスの分布状況が克明にみてとれます。

(写真3)

 さらに視野を広げて、銀河の分布を見てみます。可視光でみると、銀河の分布はちらほらみえるが、電波望遠鏡でみると、その間にガスや塵がびっしりと分布しているのがわかります。これらは今後銀河になっていく「銀河の卵」とでもいえるものだと説明されています。

 アルマ電波望遠鏡はこれらの今までの電波望遠鏡と比べて、さらに性能が増すので、たとえば宇宙空間のアミノ酸の分布を調べることが出来れば、宇宙での生命の起源に迫ることもできるかもしれないと期待されています。

アルマ電波望遠鏡には、社会的にも大きな意義があります。66台ものパラボラアンテナの位置を自由に変えたり、観測方法を変化させる為には、様々な高度な制御技術が必要です。またそれぞれのパラボラアンテナが集めた膨大な情報を、一つに統合したり、解析するには、世界最先端の、高度な情報通信技術や信号処理技術蛾必要です。アルマ電波望遠鏡を実現することは、それらの技術の育成も同時に行う必要があり、結果として、参加各国の産業技術への大きな波及効果となっているのです。もちろん日本の技術力はそこでも活躍し、またアルマ電波望遠鏡とともに進化しているわけです。

そしてもう一つの社会的意義。

それはなんと言っても、私達人類の宇宙観を大きく変える可能性があるということでしょう。アルマ電波望遠鏡が、今までわからなかった宇宙の謎をどこまで解明してくれるのか。宇宙がどのように生まれ、進化し、私達につながっているのか。アルマ電波望遠鏡が見つける情報は、「人間とはなにか」という巨大な物語を考えるうえで、この上ない示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

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宇宙コラム1「深刻化する宇宙ゴミ」(2012.1.17)

1月16日の未明、ロシアの火星探査機「フォボス・グルント」が、チリ沖太平洋上に落下したとの報道が世界を駆け巡りました。この探査機は、去年11月打ち上げられたものですが、その後、地球軌道の離脱に失敗し、地球を周回したのち落下してきたのです。

じつは最近似たようなニュースが相次いでいます。去年9月にアメリカの衛星「UARS」、10月にドイツの衛星「ROSAT」と、この半年弱で3機もの衛星が立て続けに落下しました。いずれも被害はなかったとはいえ、燃え尽きずに落下する可能性が指摘された点では今までにないことです。

なぜこのようなことが起きているのでしょうか?

背景には、宇宙空間に増え続ける「宇宙ゴミ」の問題があります。

人類は、今までに6700個もの人工衛星を打ち上げましたが、打ち上げたのちのロケットや人工衛星がそのまま宇宙空間に残ったり、残存燃料の爆発や衝突で機体がばらばらになり、宇宙ゴミとなり、問題化しているのです。

今回落ちてきたのは、その一部ということができるわけですが、計算上は、人間に当たる確率は1000年に1回。実際にはまだ怪我などの報告はありません。ということで、地上では、宇宙ゴミを極度に恐れる必要はありませんが、放っておいていいわけはなく、何らかの対策が必要といえます。

じつは、問題は、地上に落ちてくるものよりも、むしろ宇宙空間で飛んでいる宇宙ゴミのほうです。その速度は、なんと秒速8キロ。ピストルの銃弾でも秒速数百メートル以下ですから、もし稼働中の人工衛星や国際宇宙ステーションにぶつかったら大変です。実際、フランス軍事衛星セリーズに宇宙ゴミがぶつかったり(1996年)、アメリカのイリジウム衛星とロシア軍事衛星が直接ぶつかる(2009年)という、史上初の衛星同士の事故も起きています。宇宙ゴミが大きく、事前に軌道が分かる場合は、たとえば国際宇宙ステーションは、事前に軌道修正し、衝突を回避するのですが(1998年以降9回)、回避が間に合わず、乗組員がソユーズに避難したことも2回あるそうです。

宇宙ゴミが多く飛んでいるのは、高度1000キロ以内。この区域は国際宇宙ステーションや観測衛星など多くの人工衛星が稼働している場所なので、問題は深刻です。

ではどうすればいいのでしょうか?

宇宙ゴミで一番問題なのは、10センチ以上の宇宙ゴミです。この大きさのものは地上からも観測可能で、2010年段階で17000個弱が確認されています。冷戦の頃の米ソの衛星衝突実験や、最近の中国の衝突実験のたびに数が増え、この数にまでなってしまいました。10センチ以上の大きさの宇宙ゴミへの対応は、基本的には観測で軌道を予測し、衛星や国際宇宙ステーション側が軌道を変えて回避する方法がとられています。また1センチ以下のものは、例えば国際宇宙ステーションでは機体を強化して、穴があかない構造にして対処しています。しかし問題は1-10センチの宇宙ゴミで、対応のしようがないのです。

今後は、宇宙ゴミの観測能力を向上させたり、機体を強化するなど対策を進める必要がありますが、新たに打ち上げる衛星がこれ以上宇宙ゴミにならない工夫も重要です。そのためには、使用後残った燃料でコントロールして海に落ちたり、テザー(ひも)をとりつけて人為的に落下させ、大気圏で燃え尽きるような工夫も必要で、その対策をどのように進めるべきか、国連でも議論が始まっています。

いずれにしても宇宙は人類共通の財産。宇宙の環境問題をこれ以上悪化させない認識を、各国が今以上に持ち、行動に移すべき時が来ていると言えるのではないでしょうか。

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放射能とどう向き合うか?2011.8.14

●「まさか」の連続だった福島第一原発事故
・ 3月11日の東日本大震災で引き起こされた福島第一原発事故は、信じられない出来事の連続でした。水素爆発で立ち上る煙、次々に悪化していく原発内部の状況、溢れる汚染水、そして広範囲にまきちらされていく放射性物質。どの光景も目を疑うものばかりで「まさかこんなことが日本で起きるとは」というのが、私の率直な感想でした。
・ 私は今から25年前、NHKスペシャルの取材で、のべ4回、半年にわたり、チェルノブイリの汚染地帯に入ったことがあります。私は、その頃、実は「原発災害は、ソビエトという社会主義国家だから起きたのだ」と思っていました。日本の原発はタイプが違うし、安全装置も充実している。日本は先進的な資本主義国で、世界に冠たる科学技術大国。その国で原発事故など起きるはずがないと、心のどこかで思っていたのです。チェルノブイリにはいっていた、多くのジャーナリストたちも、私と同じような印象を持っていたのではないでしょうか。
・ ところが、その原発事故が、こともあろうに日本で起きた。しかもチェルノブイリと同じレベル7。放出された放射性物質の量は一ケタ少ないとはいえ、10日で事故が収束したチェルノブイリと比べて、福島の原発事故はいまだ収束しておらず、世界で初めて、複数の原発での事故だということを考えると、チェルノブイリを上回る衝撃を世界に与えた側面があります。技術レベルが高い日本で原発事故が起きたということは、世界中の原発の安全基準の再チェックが必要になります。また原発は、近年、地球温暖化を食い止める、重要なエネルギー源と(いつの間にか)位置づけられ、その意味でも、今後の世界の温暖化政策にも大きな影響を及ぼします。さらに、アジアなどで進行する急速な経済成長を見ると、今後の世界のエネルギー戦略をどうしていけばいいのか、深刻な課題が各国にのしかかることになります。

● 放射能汚染はどこまで広がっているか?
・ 福島では、今も原発の暴走と、放射能の放出を食い止める努力が続いています。原発の現状は、再びメルトダウンに向かうような、一時期の危険な状況は脱したように見えますが、事故はまだ収束しておらず、原発内の燃料を冷却し、今後の廃炉に向けて、やらなければならないことが山積です。そしてこの作業は、今後数十年にわたって続けられるのです。
・ もう一つ深刻な問題があります。それは、既に放出された放射能による深刻な環境汚染です。福島第一原発から放出された放射性物質は、数種類ありますが、当面重要なものは放射性ヨウ素と放射性セシウムです。放射性ヨウ素は、半減期(放射線の量が半分になる)が8日と短く、既に放出されたものは徐々に危険性が少なくなっていきます(原発から新たな放出がないことが前提)が、放射性セシウムは、半減期が30年と長く、環境に降り積もった後、人体に放射線によって、直接影響を与えたり、食物や水を通して影響を及ぼしたりする危険性があります。現在発表されている放射能汚染地図は、そのまま、放射性セシウムの濃淡を示していると考えていいと思います。
・ 福島原発事故で放出された放射能は、その多くが原発周辺から北西の方向に流れ、その後「計画的避難区域」と呼ばれた地域を中心に、環境を汚染しました。また風向きの変化で、その他のところにも飛散しましたが、地形や雨の影響で、所々に「ホットスポット」と呼ばれる濃度の高い場所も出来ました。チェルノブイリ事故でもそうでしたが、放射能による汚染地帯は、決して同心円状ではなく、風向きや地形、気象の影響で、複雑な形になるのが一般的です。事故直後、緊急避難的に、危険な区域を同心円状に設定するのは仕方がないことですが、その後の放射能汚染地図作りの過程で、同心円の外でも人が住めないところがわかったり、逆に、同心円内でも、人が住める地域が出たりすることがあります。

● 放射線の人体への影響はどこまでわかったか?
・ 放射線の人体への影響は、実はまだわからないことだらけです。人間の健康に関わることだけに実験することも出来ず、今まで人類が経験したこと(たとえば広島長崎やチェルノブイリでの経験)の医学データをもとに整理するしかないからです。(P1)これは放射線の強さと人体への影響を表した図です。100ミリシーベルト(緊急作業員の被ばく上限)を超えて、1000ミリシーベルト(1シーベルト)で吐き気、3000-5000ミリシーベルト(3-5シーベルト)で50%死亡、1万ミリシーベルト(10シーベルト)では100%死亡すると言われています。これらの被ばくによる症状は、「急性症状」と呼ばれ、広島や長崎などでも認められたもので、吐き気、倦怠感、出血、脱毛、ガンの増加などの、体の異変が報告されています。では100ミリシーベルト以下では何が起きるのでしょうか?100ミリシーベルト以下では、いわゆる急性症状は出ず、どのような人体への影響があるのかは、まだよくわかっていません。(P2)これは被ばく線量とガンの発生率を表にしたものです。100ミリシーベルト以上では、被ばく量に比例してガンが増加することがわかっています。100ミリシーベルトで0.5%増加、1000ミリシーベルトで5%増加と言った具合です。しかし100ミリシーベルト以下では、それらの事実は確認されていない為、100ミリシーベルト以上の直線をそのまま敷衍して0に繋ぎ、被ばく線量に従ってガンの発生率が変わると仮定した考え方が、一般的に採用されています。この考え方を「直線仮説」といいますが、10ミリシーベルトで0.05%増加、1ミリシーベルトで0.005%増加ということになります。しかしこれはあくまで仮説で、実際どうなのかはわかりません。この「直線仮説」の考え方にたてば、放射線の被ばくは出来るだけ0にするのが望ましいということになりますが、逆に言うと、どこまでやってもリスクは0にはならないわけで、放射線の避難基準や防護基準を巡る混乱の原因になっているとも言えるのです。

● チェルノブイリから何を学ぶか
・ では、チェルノブイリ原発事故では、今まで何がわかっているのでしょうか?大きく言って、二つの事がわかりました。一つは、やはり急性症状が確認されたこと。チェルノブイリでは、事故の収束の為に、おびただしい消防士や軍人が炉心近くで仕事をしましたが、大量の被ばくをした人の中には「急性症状」が現れ、死亡したり、深刻な状況に陥る人が出てきました。これらは、放射線を外部から浴びる「外部被ばく」によるものが大きいと考えられています。もう一つわかったこと。それは、放射能を含む水や食べ物を体に取り込み、放射線を内側から浴びる「内部被ばく」による影響です。チェルノブイリで確認された内部被ばくの影響は、放射性ヨウ素を含む牛乳を大量に飲んだ子供に甲状腺がんが発生したということです。通常子供の甲状腺がんは非常に珍しく、事故後急増した事で、チェルノブイリ事故との関連が確認されたのです。ICRPやIAEAなどの、国際機関によると、チェルノブイリで確認された人体への影響はこの二つだけです。チェルノブイリでも大量の放射性セシウムやプルトニウム、ストロンチウムが放出され、特に放射性セシウムは広範囲に環境を汚染し、大きな社会的問題になりましたが、人体への影響が深刻だとする組織のデータも、今ひとつ説得力を持つに至らず、放射性セシウムが環境から直接、あるいは食品や水を通じてどの程度住民の健康に影響を与えたのかは、医学的には、まだ確立されたものになっていません。

● 放射能にどう向き合うべきか?
・ では、福島第一原発事故で、既に放出された放射能に、私達は今後、どのように向き合って行けばいいのでしょうか?
・ まず原発での作業にあたっている作業員の人々の健康を守る必要があります。通常緊急時の作業員の被ばく限度は100ミリシーベルトとされていますが、福島第一原発事故の作業員の被ばく限度は現在250ミリシーベルトに引き上げられています。しかしそれでも数人の人が既にそれを超えているとの報告もあり、健康が心配です。一部では、東京電力のずさんな管理を指摘する声もあります。放射線による急性症状は明らかにわかっていることであり、なんとしても被ばくによる影響を食い止める必要があります。
・ 二つ目は放射性ヨウ素から子供を守るということです。放射性ヨウ素の半減期は8日で、今後新しい放射性物質の放出がなければ心配はありませんが、問題は過去に放出された放射性ヨウ素が、子供の体にどのくらい取り込まれたのか、甲状腺がんの恐れはないのかということです。政府は事故直後3/28-30に、計画的避難区域などで検査を行い、問題になる被ばく量ではなかったことを確認してはいますが、今後子供の甲状腺の異常や健康調査を継続的に行い、問題がないことを、長期的に確認する必要があります。
・ 3つ目に必要なことは、放射性セシウムで汚染された区域に今も住む人々の健康をどう守るかということです。特に福島市や郡山市に住む子供たちの健康が心配です。政府はそれらの区域の小学校などの放射線量の上限を20ミリシーベルトとし、除染を進め、少しでも0に近づける方針を打ち出しました。この20ミリシーベルトという数値は、緊急時から通常時に移行する間の「復旧時」の放射線量を1-20ミリシーベルトに押さえるべきというICRP勧告に基づくものですが、文部科学省が勧告の上限値をとった為に、住民の不安を誘発し、その後混乱を引き起こしました。現在は自治体などの努力もあり、数値はずいぶん下がって来ましたが、まだまだ高い場所もあり、住民の不安は払拭されていません。これらの数値は放射性セシウムの内部被ばくによる影響を想定したものですが、そもそも内部被ばくの影響にはわからないことが多く、余り気にする必要はないという専門家と、危険と見るべきという意見があり、その対立が市民をますます不安に陥れている側面があります。
・ このような状況で、少なくとも私達は、何をどのように進める必要があるのでしょうか?私は3つのことを提案したいと思います。一つ目は、一刻も早く「正確な放射能汚染地図」をつくり、市民の誰もが簡単にアクセスできるシステムを完成することです。現在、放射能の汚染データ収集は、国、自治体、大学、市民団体などが、それぞれバラバラに行っています。中には測定方法がきちんとしていないものもあり、国や自治体は、測定方法を統一させて、一律のデータを集め、出来るだけ広範囲で正確な汚染地図作りを急ぐ必要があります。放射能は、水の流れに乗って移動したり、ホットスポットをつくったり、森や海の中では上下方向に移動することもある為、汚染地図は立体的で、リアルタイムに近いものである必要があります。このようなデータベースが出来て初めて、住民は自分の住む環境の汚染状況を把握し、行動の方針を立てることが出来るのです。
・ やるべきことの二つ目は、農作物や食品の徹底的な管理です。農林水産省の指導にも関わらず、汚染されたワラを与えられた肉牛の汚染が問題になりましたが、それは行政側の指導不足が原因です。人体に取り込まれる恐れのある食品をきちんと管理し、国や自治体の流通に乗った食品は安全なのだという安心感を作り上げる努力は、全ての基本です。国や自治体は、食品の安全を確保するシステムを、全力で、一刻も早く確立する必要があります。
・ 3つ目は、汚染された可能性のある地区に住む住民の健康調査を継続して行い、国や自治体の責任で診療を保障するシステムを作ることです。放射能の健康への影響は、長期的検査なしではわかりません。たとえ低線量被ばくと人体への影響のメカニズムが不明でも、健康検査は出来るはずで、それを継続しつつ、住民の健康を守る体制を作り上げることが重要です。国や自治体は住民と一丸になって、放射能に立ち向かう姿勢を見せる必要があります。

● 原発事故から学んだ教訓
・今回の事故の混乱は、もとをたどれば、国や関係者が「原発事故は起きない」事を前提にしていたことに行き着きます。国や電力会社は「原発は絶対安全」といい、住民もそれを受け入れ、ともに一種の共同幻想を作り上げてきたのです。「原発事故は起きない」前提ですから、今回のように実際に起きた時、電力会社も政府もうろたえ、適切な対処をとることが出来なかったのです。また、市民の側も、学校で原発や放射能のことをきちんと学んでいないので、風評被害的な行動に結びつきやすかった部分もあります。今後は、学校教育の場で、放射線のようにわかりにくいモノを、科学的視点できちんと理解し、そのリスクに対して、適切に向き合う能力を身につける「リスク教育」を充実させていく必要があります。市民も行政も「思考停止」をやめ、科学的知識をもとに「正しく怖がり」自ら選択し行動できる能力を、身につけていくべきではないでしょうか。

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TVジャーナリストから見た原発事故災害2011.8.11


● 「日本で原発事故は起きない」と思っていた
・ 3月11日の東日本大震災で引き起こされた福島第一原発事故は、全く信じられない出来事だった。水素爆発で立ち上る煙、次々に悪化していく原発内部、そして広範囲にまきちらされていく放射性物質。テレビで見るどの光景も目を疑うものばかり。「まさかこんなことが日本で起きるとは!」。これが私の本心だった。
・ 今から25年前、チェルノブイリ原発事故が起きて後、私は、NHKスペシャルなどの取材で、のべ4回、放射能汚染地帯に入った。汚染地帯の暮らしは通算半年以上に及んだので、日本のジャーナリストの中でもチェルノブイリに多く入った一人だろう。しかし、実をいうと私は、現地でロケしながら次のように思っていた。「このひどい原発災害は、ソビエトという社会主義国家だから起きたのだ。事故が拡大した原因は、形骸化した政治体制が引き起こす、不十分な危機管理や情報の閉塞性のためだ。日本でこのような事故が起きるか?答えは否。日本の原発はタイプも違うし、設計もしっかりしている。日本のような科学技術のレベルも高い先進国で、このようなことは起きないはずだ」。チェルノブイリには、多くの日本人や世界各国のジャーナリストが入っていたが、多くの人々は、似たような気持ちだったのではなかろうかと想像する。チェルノブイリの惨状を目撃しつつ、意識のどこかに、「原発事故は社会主義が引き起こした」という不思議な安心感があったのではなかろうか。
・ しかし、その原発事故が、こともあろうに日本で起きた。しかもチェルノブイリと同じレベル7。放出された放射性物質の量は一ケタ少ないというが、10日で収束したチェルノブイリ事故と比べて、福島はいまだ事故が続いており、複数の原発で起きる事故の複雑さにおいては、人類史上初めての大災害である。福島原発事故は、チェルノブイリになかった、深刻な波紋を世界に広げている。一つは、原発事故が、先進国の日本で起きたという事実。高い技術レベルの日本で事故が起きたということは、世界のどの原発についても再チェックが必要だということを示している。二つ目は、今後の地球温暖化への取り組みに大きな影響を与える点。原発は、高濃度放射性物質の処理など、深刻で根本的な課題を抱えるにもかかわらず、温室効果ガスを出さないクリーンエネルギーとして、いつの間にか位置づけられ、今後のエネルギー源として不可欠とされてきた。またアジアなどで進行する爆発的な経済成長を支えるには、原発の巨大なエネルギーが必要で、今後の世界をけん引する重要な要素だと位置付けられてきた。そのような文脈で、福島第一原発事故が起きたことを思うと、その影響は、今後の世界に対して、大きなものになるだろうと予想される。

● チェルノブイリの混乱はなぜ起きたか
・ 福島原発事故ののち、日本では様々な混乱が、いまだに拡大を続けている。特に放射能汚染地帯からの避難の問題や、福島市や郡山市などの、比較的低い(?)汚染地帯の小学校や子供の生活を巡る混乱、セシウムによるお茶や肉牛の汚染など、波紋はむしろ広がり続け、社会的不安がますます増大している。これから何が起きるのか。チェルノブイリを振り返ることで、何か参考になることが言えるかもしれない。
・ チェルノブイリでの社会的混乱は、ひどいものだった。一言でいうと、その最大の原因は、放射能汚染についての情報不足と、政府への不信感だったといえる。チェルノブイリ事故後、原発から30キロの同心円内の住民は強制的に避難させられ、立ち入り禁止となったが、事故4年目、放出された放射性物質の多くが、30キロゾーンを大きく超え、ロシア、ベラルーシなどの広範な地域を汚染していることが分かり、社会的な大混乱を引き起こした。住民たちは高濃度汚染地帯に4年間も、何も知らされず住み続け、牛乳などを通じて放射性ヨウ素が子供の体に入り、甲状腺がんを引き起こす結果となってしまった。住民たちの政府不信はピークに達し、政府がいくら説明しても、納得できないまま、さらに混乱が広がっていった。それに加えて、政府と現地の行政組織の対立がおきた。当時ソビエトは崩壊のプロセスにあり、ペレストロイカやグラスノスチが進行中で、ウクライナやベラルーシでは、台頭する強い民族主義と原発事故が結び付き、中央政府と現地自治体の信頼関係が壊れ、情報が分断され、枯渇し、住民は放射能汚染の中に放置され、事態が深刻化していく構図となった。
・ これはあくまでチェルノブイリ事故の話であり、日本とイコールではない。しかしこう書いてみると、私は日本でも同じパターンのことが、いくつか起きているように思えて仕方がない。チェルノブイリの教訓を生かし、日本での社会的混乱が、一刻も早く収束することを願っている。

● 国家として反省すべき点とは
・ 今回の原発事故で明らかになったのは、日本政府の「リスク管理」のレベルの低さだ。その原因をたどっていくと、「日本では原発事故は起きない」という考え方に行きつく。東京電力や政府当局は、「原発には幾重もの安全システムがあり、あらゆる事態に対応しているため、事故は起きない」という前提で、住民説明やもろもろの対策を進めてきた。住民側もそれを受け入れ、政府や電力会社との間で、ある種の共同幻想が共有されてきた。その結果、「もし原発事故が起き、最悪の事態になったら」という具体的な準備が欠落し、現実に起きた事態に対応しきれず、事態が深刻化する結果になっていった。
・ 国家として反省すべき2つ目の点は、科学的事象の国民への説明の訓練がされていないということ。今回の事故後、保安院や東京電力の担当者が次々と現れ、国民やマスコミに向かって説明を試みたが、木を見て森を見ない説明が多く、国民が本当に知りたいことに答えることができなかった。このことが国民の混乱や不信を、さらに生み出す一因となったことは否めない。
・ 3つ目の反省点は、専門家の間での議論とコンセンサスの不足。事故による放射能(特に100ミリシーベルト以下の低線量被ばくや内部被ばく)が人体にどのような影響をもたらすかということについて、学説が分かれ、それらを乗り越える努力をしないまま、生の情報が国民に提供され(マスコミにも責任がある)、科学に対する不信と社会的混乱を増大させた。
・ 第4の反省点は、学校における「リスク教育」の不在。放射能だけでなく、環境ホルモンや電磁波など、現代社会にはリスクがあいまいで、将来に影響が出るかもしれない不安につながるものがあふれている。私たち市民は、これらのリスクを、科学的にどのように理解し、向き合うべきなのだろうか。その必要性が求められているにもかかわらず、今まで日本の学校では、そのようなリスク教育が行われてこなかった。いわゆる「風評被害」の原因にも、科学的思考に未熟な市民の存在が関係しているかもしれない。

● マスコミ人として反省すべき点は
・ まず感じたことは「専門記者」や「専門知識を持つディレクター」の圧倒的な不足ということである。特に原発や放射線などの、専門性の高い知識を持つ放送人は少なく、今回の事故に十分に対応できなかった傾向がある。背景には管理職などの総合職の評価(や給与)のほうが、専門職より高くなる日本の組織ジャーナリズムの特徴があるかもしれない。欧米では、50歳を過ぎても専門的知識で勝負するベテラン記者をよく見るが、日本の場合、後進にそれを譲り、いわゆるデスクやプロデューサー、部長、局長へと出世街道を登っていくことが一般的。ジェネラリストがスペシャリストより評価されている実態がある。このため、専門性と深い視点を兼ね備えるジャーナリストが育ちにくい。今後は、日本にも、もっと専門性を兼ね備えたジャーナリストを育てるシステムが必要だと思う。
・ 「正確すぎると伝わらない。単純すぎるとウソになる」。科学的情報を一般市民に伝える時、我々が陥る悩みを表した言葉である。特に最近は、科学的成果がさらに狭く深くなり、社会的インパクトも増す一方で、ますます伝えにくい状況が生まれている。このような状況下で科学的情報をどのように伝えていけばいいのか。伝える側のマスコミの問題、受け取る側の市民の素養、情報を送る側の専門家。それらが一体になり、健全な科学コミュニケーションの在り方を模索していく必要がある。

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テレビマンの育児日記4「親の心を傷つける善意のアドバイス」

自閉症の娘を育てて23年。ずっと続いている悩みがあります。それは、自閉症などの発達障害の原因が「脳」にあるということを、伝えることの難しさです。発達障害の子を持つ親が最初に直面する悩みの一つに「大丈夫よ。きっと良くなるから」という言葉があります。この言葉は親戚や、親しい友人など、発達障害を知らない人から善意で発せられる場合が多いのですが、一つ落とし穴があります。それは、自閉症が脳由来の障害だということを理解していないがために、「今まできちんと育ててこなかったからこんな子が出来た」と言う考えに直結する場合があるからです。心の発達は「脳」と「環境」で決まります。しかし、「発達障害の原因が脳にある」という考え方が医学的に成立する前、発達障害は育て方の結果だと考えられた時代がありました。特に母親は、「赤ちゃんの時の育て方が悪かったのではないか」など、様々な自責の念にかられています。そんなとき発せられる「大丈夫よ、きっと良くなる」という言葉は、「発達障害は治さなければならない病気だ。治らなければ負けだ」「環境を変えればすぐ治る(あなたのせいだ)」という残酷な言葉となってしまうのです。私達は、発達障害を引き起こす原因が脳にあることをきちんと把握し、それを踏まえた上で、その子の特性を理解し、教育の環境作りをしながら、成長を誘導していく必要があります。発達障害の子を育てる主体が母親の場合は、母親を孤立させてはなりません。父親は、仕事の忙しさを理由にせず、育児に奮闘する母親をバックアップし、特に精神的に励ます必要があります。その他の家族や親戚も同じです。この連係プレーを作り上げるのはとても大変ですが、何とか進めていかなければなりません。もう一つ。育児に疲れたら、レスパイトサービスなどを使って子供を預け、映画やショッピングに出て鋭気を養うことも重要です。発達障害の子とともに生きていくのはマラソンのようなもの。あせらずゆっくりと、気長に取り組んでいきましょう。私達夫婦が、23年の子育てで辿り着いた結論は「みんなで幸せになる」事が大切だということでした。

シリーズ1-4

http://www.musashino-higashi.org/education-center/advisory-message.htm

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チェルノブイリに見た「心」の被曝

以下、事故18年目に書いた文章です・・・
18年前の4月26日、ウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故は、人類史上、例を見ない放射能汚染をひき起こした。私は当時科学番組部でディレクターをしており、NHKスペシャルの取材で、事故直後から数回、通算半年間ほど汚染地帯で暮らしたことがある。食料や水、ほこりを通して私の体に蓄積されたセシウムやストロンチウム、プルトニウムなどの放射性物質は、いまも体内で放射線を出し続けているはずだ。(放射線は皮膚に届くまでに減衰し、私とお話しする人には影響ありません。念のため。)
はじめて汚染地帯に立ったときの気持ちを忘れることができない。透明な空気、美しい湖、川、草原地帯、青空をゆっくりと飛ぶコウノトリ、鮮やかな麦畑をうねらせながら風が通り過ぎていく。まるで童話の世界を絵にしたような風景の村。しかしそこに住民はいなかった。汚染勧告で全員が避難したのだ。生活の様子を残したまま、人間だけがすっぽりと消えている。不気味なほどの静寂。遠くに事故を起こした4号炉がシルエットのように見える。「色もなければにおいもしない」放射能汚染の現場---。
風景が美しければ美しいほど、五感ではわからない放射能汚染が、恐怖感を増幅させた。
問題が深刻化したのは、事故から4年目だった。事故直後、原発から周囲30キロ以内は立ち入り禁止ゾーンとして無人化したが、ゾーンの外は放射能汚染がなく、立ち退きの必要がないエリアとされていた。しかし、事故の4年後、恐るべき事態が明らかになった。チェルノブイリ原発から放出された放射性物質が、予測不能の気流に乗り、「ゾーン」をはるかに越えた北方のベラルーシ共和国に、大量に降り注いでいたのだ。しかも所々に、水が作り出す「ホットスポット」と呼ばれる超高濃度汚染地域ができており、住民は大パニックに陥った。「水」が集まる場所は穀倉地帯であり、結果的に自然の恵みのメカニズムが裏目となった。公表されていた放射能汚染地図も、根本的に書き換えなければならない最悪の事態であった。私たちは、そのベラルーシにカメラを入れた。ベラルーシの村々の畑には、たわわに実った麦が、汚染のため収穫されないまま放置されていた。すでに住民避難が始まっており、歯が抜けるように住民が減り始めていた。避難は赤ちゃんをもつ若い夫婦から始まった。若い人が集まる店がつぶれ、学校が消え、共同体が機能を失いつつあった。老人と一緒に住む大家族では、若夫婦だけが子供を連れて逃げた。「老人たちは見知らぬ新しい場所に逃げるより、村に残ることを望んだ。」と役場の人は説明した。しかし実際は、老人とともに新しい人生を始める経済的余裕がなく、「現代の姥捨て山」とでもいえる状況が起きていた。老人たちは、行く当ても、生活のすべもないまま放置された。
放射能汚染が村人や家族の絆を引き裂き、ずたずたに崩壊させ始めていた。その近くに、住民全員を引き連れて、知人のいる場所へ避難する決意をした小さな村の村長がいた。奇妙なことに、その村は汚染レベルとしては国が定める基準値以下の村だった。「逃げる必要がないのになぜ避難するのか?」
私の問いに村長は答えた。「たしかに放射能は遺伝子DNAを切断し、人体にダメージを与える。しかし傷つくものはもうひとつある。それは心だ。汚染地帯にいると、たとえ汚染レベルが低くても、共同体が壊れ、人の絆がずたずたに切れていく。そこでは体は生きても、心が死んでしまう。「心が死ぬ場所」に、人間が暮らすことはできない。」村長の言葉が私の心に突き刺さった。私の25年のディレクター人生で、忘れられない言葉の一つとなった。東京に帰って私は考えた。人間が人間として生きていくとはどういうことなのだろうか。科学番組をやっていると、人間を精密な機械として見、物理的ものさしだけで判断をする癖がついてくる。健康上安全な場所から「気分だけで」避難する人をまるで愚か者のように感じてくる。しかし人間には、生物的(物理的)存在としての側面のほかに、社会的、文化的存在としての側面がある。「人はパンのみでは生きない」。この当たり前のことを私たちはすぐに忘れ、無慈悲なシステムを作り上げてはこなかっただろうか。人間の顕在意識だけを尊重し、その底流にある潜在意識の世界を忘れてはいないだろうか。形あるものだけを信じてはいないだろうか。形のないものに内在する価値を忘れ去ってはいないだろうか。
チェルノブイリで私は、被曝には「体の被曝」と「心の被曝」があることを知った。あの日から18年。あの重く苦い記憶は、まだ心の底に沈殿したまま残っている。
                   

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