雑誌、新聞などへの発表原稿

マスコミから見た放射能問題(環境と健康2012年12月号)

(要旨)
東日本大震災による福島第一原発事故は、日本にあらゆる側面の混乱を引き起こした。その中の一つに「放射性物質の人体への影響」を巡る混乱があった。原因は「事故は起きない」という原子力安全神話にさかのぼるが、それに加えて、分かりにくい科学的事実をどのように伝えるべきかという「科学コミュニケーション」の不足があったように思う。そしてこの「科学コミュニケーションの不足」は行政、専門家、そしてマスコミの対応不足、力不足に大きく起因している。この論説では、主にマスコミの側面からその問題点や今後の課題を探りたい。しかし、もとより「マスコミ」と言っても幅が広く多様で、この意見は一テレビマンの個人的なものだという前提でお話ししたい。

● 混乱の中で行われた原発報道
今回の原発事故の報道は、尋常ならざる状況下で行われた。2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、NHKで、3月中に行われた関連ニュースや番組の総放送時間は400時間を超え、地震、津波、そして原発事故による被害の拡大との格闘だった。原発事故による放射能汚染問題は、そのような複雑な巨大災害に絡む形で進行していった。NHKはチームを割り振り、それぞれの状況に対応し、字幕放送や外国語副音声、インターネットとの連動など複合的な放送を展開したが、「地震津波災害」「原発事故」「放射能の影響」の三つどもえの中で、前代未聞の複雑かつ多面的な放送業務となった。その後課題は、電力供給など「エネルギー」のあり方にも飛び火し、複雑さはますます拡大。現在も続いている。

● 放送への批判
国民の不安や心配はピークに達し、放送へのさまざまな注文や批判が出た。私が個人的に感じたものを列挙してみよう。
(1)「直ちに影響はない」報道への批判
朝のニュース番組のタイトルに「放射線、こんなに怖いのにやっぱりわからない」というのがあった。このタイトルは、市民が原発事故による放射能問題をどのように感じているかを、端的に示している。放射線の人体への影響は「直線仮説」による説明が一般的だが、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくや内部被ばくについては、わからないことが多く、人体への影響は判別できないとされる。しかし判別は出来ないけれども、放射線被ばくは限りなく0にするのが望ましく、除染などの努力が必要ともいう。
ここで、まず市民は混乱する。一体放射能の中での生活はどこまで安全なのか?食品の汚染などでいわれる「直ちに影響がない」とはどういうことなのか?心配ないということなのか?そのうち危険だということなのか?「危険なのか」「安全なのか」一体どちらなのかということである。
科学的には二者択一で考えることこそ問題で、「リスク」を正しく理解していないということになるだろうが、行動は具体的で、はっきりした結論や指示を求めてくる心情は痛い程理解できる。このような曖昧な情報の中で、「放射線の人体の影響」を危険視する専門家の意見が出たりすると、ますます不安は増大し、不信感が拡大するという結果につながっていったのである。
(2)報道は情報を隠しているのではないか?
「直ちに影響がない」報道以降、報道は東京電力や政府と結託して「情報操作をしている」のではないかという批判が出た。原発事故後マスコミに登場する専門家が「問題ない」「心配ない」と繰り返す中、事態はますます深刻化していった。そのプロセスを見るにつけ、マスコミはかつての大本営発表のように、入手した情報を制限して、都合のいい情報だけ報道しているのではないか?マスコミは原発事故の本当の姿を伝えていないのではないか?いやわざと伝えないようにしているのではないか?という不信感が増大した。
やがてその不信感は、マスコミから報道されるその後の情報の信憑性そのものにも影響し、問題が深刻化していった。そしてこの傾向は、「マスコミ」と「専門家」が一体化した者に対して向けられ、やがては「科学(者)」そのものへの不信感にもつながっていったのである。
(3)住民から遠ざかるマスコミ
原発報道を続けているうちに「マスコミは汚染地帯からなぜ逃げるのか?」という批判が出てきた。今回の事故では、例えば「屋内退避区域」のように、一定の放射能汚染地帯で住民が暮らし続ける地域があるにもかかわらず、マスコミはその区域での十分な報道を避け、逃げているのではないかという批判である。マスコミ各社は、汚染地帯での取材では、一定の内規を持ち、取材制限やローテーションを決めているところがほとんど。一定の被ばく量に達したら取材を打ち切り帰社させ、新たな記者が取材に入るというシステムをとっているところが多い。しかし、住民から見たら、同じ人間が住んでいる場所なのに、マスコミがそれをさけ、逃げているように見える。「一体マスコミは住民の味方なのか?」という不信感につながっていく構図となる。
以上3つの批判をあげたが、まだあるかもしれない。また私の分析と違う意見もあるかもしれない。しかし、いずれにしても、このような3つの要素が絡み合い、悪循環を起こして、深刻化していったのではないだろうかと思う。

● 放送局の二つの情報ルート
ここで基礎知識を一つ。
マスコミが取材する時の「情報のルート」について説明したい。よく省庁の関係者が「情報をマスコミに流した」というが、それはマスコミ(放送局)の一部(記者)にすぎず、全部に流した訳ではない。従ってその場合、放送局の一部にしか情報は伝わっていない。
NHKの場合、放送に携わる人種は、大雑把に言って2つ。記者とディレクターである。記者は記者クラブに属し、各省庁などでニュースを扱う。ディレクターは記者クラブには属さず、番組作りの為の取材を行い、構成演出し、番組を通じて情報を社会に流す。よく「記者は狩猟民族」「ディレクターは農耕民族」といわれるが、「記者」の重要な仕事は、ニュースをいち早く察知し、正確に情報化し、速やかに社会に伝達すること。これに対してディレクターは、情報を入手はするが、それを多面的に検証したり構成したりして、一つの作品に仕上げる仕事をする。その点では、種をまき育て、実を刈り取る農耕民族に似ている。もちろん2つの人種の間に位置する仕事も多くあるが、「記者」と「ディレクター」は放送局の両輪のような関係で、いずれも重要といえる。放送局に情報を流すためには、記者クラブだけでなく、もっと多面的なインプットの仕組みが必要といえるかもしれない。

● 報道が直面した壁とは?
さて、今回の原発事故関連報道において、報道に携わる者は、多くの「壁」や「課題」を実感した。それを整理してみよう。
(1)「緊急情報伝達システム」の限界
原稿の最初に書いたように、今回の災害は複合的様相が強く、情報が錯綜し、その中で複雑でわかりにくい「原発事故による放射能汚染」という状況が起きた。各マスコミは、緊急報道に対応する為のシステムの充実に努めてはいるが、今回の災害、とりわけ初期の状況はあまりにも緊急的色彩が強かったように思う。通常情報は、放送の場合は、現場(1次情報を持つ組織:今回は東京電力や関係政府機関)から記者に伝えられ、記事として編集され、放送局で映像や解説が付加されて放送に至る。しかし今回は、1次情報があまりにも限られていた。事故が拡大する原発内部で、一体何が起きているのかがわからず、そのあやふやな状況の中で記事にしなければならない。現場に行って確認しようにも危険で近づけない。取材対象となる専門家も混乱している。そのような状況下でのきびしい報道が続いた。
状況をさらに深刻にし、報道をスムーズに行えなくした根底には、「原発事故は起きない」という原発神話がある。過酷な原発事故を想定せず、このような事態を想定せず、対応するマニュアルも完全なものが出来ていなかったのだ。NHKはその後、緊急時の対応マニュアルをつくりなおし、リスクに強いリモートカメラなど対策を講じつつあるが、「緊急時の情報」伝達システムは、マスコミのみの問題ではなく、1次情報を提供する政府も含めた大きな視点によって作り上げる必要があると思う。
(2)専門的情報をどう伝えるか?
私はもともとプロデューサーで、科学番組を長く制作してきたが、専門的情報を扱う科学番組で最も苦労することは「正確すぎると伝わらず、単純化しすぎるとウソになる」ということだ。マスコミには情報伝達の物理的限界がある。新聞には紙面の大きさ、テレビでは放送時間の制約がそれにあたる。またテレビの場合、番組を見る視聴者は一般市民で、専門知識がない場合がほとんど。難解な科学的情報を伝えるには、どうしても単純化する必要がある。専門家が見て十分に納得できる説明をすると、おそらく市民には「何を言っているのかわからな」くなり、結局情報そのものが伝わらない状況が生まれる。しかし一方で、わかりやすくする為に、映像や比喩をまぶし、おもしろおかしく単純化すれば、科学的事実や研究の本質が歪められ、間違った情報伝達になってしまう。「単純化するが本質はきちんとおさえ、科学的事実の骨格を伝える」ことを目指さなければならないが、実際には「言うは易く行うは難し」。科学や技術が複雑化、専門化する中で、マスコミのおかれた科学報道の状況はますます困難なものになってきている。
(3)情報の多様化をどう図るか
メディアには様々な特性がある。テレビは映像を使う為、視覚的情報に強く、ドラマなどの芸術性のある番組とともに、生中継などでは圧倒的な強みを持っている。新聞はテレビには時間的に遅れるが、イラストとともに豊富な文字情報によって深い記事や論説が可能。そして最近発展しているネットは、誰でもどこでも情報を発信でき、情報量も制限がない為、極めて多様な情報提供が可能になるが、一方でマスコミのような編集チェックシステムが弱く、玉石混淆の情報になりやすい危険性もある。現代社会はメディアの多様化が進み、様々な手法で情報が提供されているが、基本的には、市民が多様な情報を入手し、自ら判断できることが望ましい。メディアの各特性を駆使し、それぞれのメリットを融合させた、成熟した情報社会に育てていくシステムが必要がある。

● 今後どうすべきか?
では今後、何をどのようにしていったらいいのか?私論をまとめてみよう。
(1)「わかったこと」「わからないこと」を区別する
まずやらなければならないことは、「わかっていること」と「わからないこと」を峻別して報道することである。「当然ではないか」と思われるかもしれないが、これが実際には難しい。なぜなら取材者は、専門家に対して「何がどうなっているのか」をしつこく問い、その論理のフレームをクリアにしようとし、その勢いに押されて、専門家も無意識に「なんとか説明しよう」とし、ついつい理屈付けをしてしまう傾向がある。特にテレビスタジオのような非日常の場所ではその圧力はさらに強くなり、「わからない」と言いにくくなる傾向がある。私は、今後は「わかったこと」「わからないこと」を伝える時は、いずれもその根拠を明確にしつつ伝えていく努力が必要だと思う。そして、真の意味での客観的な情報を目指す必要があるのではなかろうか。
(2)リスクをきちんと伝える
今回の原発事故では、たとえば「放射能の影響」など、リスクを、市民にきちんと伝えることが出来なかった反省がある。リスクが正しく把握できないので、かえって不安が増幅し、混乱が拡大していったのではなかろうか。その視点からいえば、今後の報道は、状況が抱えるリスクを、できるだけきちんと伝える必要があるといえる。
しかし、その時、ひとつ落とし穴がある。ただリスクをそのまま伝えればいいというものではないからだ。例えば、医師が患者に、例えばがんの告知や生存率を伝えるとき、インフォームドコンセントの考え方では、客観的データをそのまま伝え、あとは個人の判断をあおぐという構図になっている。しかし、真のインフォームドコンセントは、その情報をきちんと把握し、正しく向き合い、判断、行動できる患者の主体性とセットでなければならない。リスクをありのままに伝える時、そのリスクにどのように向き合うべきかという「知恵」も同時に提示する必要があるのではないだろうか。放射線のリスクについても、客観的なデータを機械的に伝えるだけでは、「伝えた」というただのアリバイ作りに終わる危険性がある。リスクの数字をどのように理解し、向き合うべきかといった「知恵」も同時に伝えなければなんの意味もないのではなかろうか。
(3)専門的ジャーナリストの育成
日本のマスコミの人事評価システムは、ジェネラリスト優先の傾向がある。最近はだいぶ良くなったが、それでも欧米と比べると不十分だ。例えば外国で取材活動をする時、年配だが、専門性が豊かな優れたジャーナリストによく会うことがある。彼らはその専門性によって大きく評価され、ジャーナリストとして大成している。しかし日本のマスコミ(特に大マスコミ)では、スペシャリストよりもジェネラリストに重きが置かれ、人事的評価や待遇も良くなる傾向がある。若くして優秀な記者は、早い段階で幹部候補となり、ジェネラリストとなっていく。その結果、優れたスペシャリストが育ちにくく、いざという時、専門的情報を熟知し、適切に対応できる体制がとりにくい。専門性に優れたジャーナリストを育てるシステムをきちんと作り上げていかないと、今後も同じパターンが繰り返されることになる。
(4)科学者の社会参加と学会のリーダーシップ
責任はマスコミばかりではない。科学者や学会の責任も大きく、多くの課題を残している。例えば、放射線と人体への影響については、専門家の間の論争に決着がついておらず、市民もマスコミもそれに翻弄される構図だ。学説の対立が正しく学会で議論されず、あるいはその結果が社会に対してきちんと発信されていないと(そのように見える)、社会もマスコミも混乱する。お互いの悪口をウラで言うばかりでは、状況はますます混乱し、市民はうろたえてしまう。学会がもっと存在感を発揮し、わかりやすい情報の提示をする必要があるのではないだろうか。また専門家は、市民に対して説明することが苦手で、説明を聞いてもわかりにくい。中には「わからない市民が悪い」と開き直る専門家さえいる。しかし、それは大きな間違いだ。これからの専門家は、市民に説明する言葉と能力をきちんと持たなければならない。そして真の意味でマスコミと連携して、健全な情報を社会に対して発信していく必要があるのではないか。
(5)市民のリスク教育
マスコミや学会の改善は、市民の意識の成熟と連動していなければならない。今回の原発事故では、市民のリスクに対する認識についても大きく考えさせられた。「原発安全神話」は、ある意味、原発は絶対安全という政府の説明と、それを求めた市民の合作だともいえる。もとより科学技術に絶対はなく、それだからこそリスクに対する認識と行動規範やルールが必要といえる。しかし、日本では、そういう現実的認識が欠け、一種の「共同幻想」が形作られ、物事が進行してきた。学校教育では原発や放射能のリスクに対する教育は行われず、リスクときちんと向き合い、理解し、行動できる成熟した市民が育ってこなかったといえる。今後は、学校教育の中でもリスク教育を実践し、賢い市民が増えていく必要がある。また、メディア情報を鵜呑みにせず、自らの思考で判断できる目を育てる、いわゆるメディアリテラシーも市民の間で育っていく必要があるように思う。

● まとめ
現代社会はリスクに満ちた社会といえる。環境問題や化学物質の汚染など、同様のパターンがあちこちで展開している。曖昧で、目に見えにくく、将来にわかって影響が及ぶかもしれないリスクに、私達はどう向き合えばいいのか。市民が正しい科学的「目」を持ち、判断し、行動しながら、専門家、政府、企業、マスコミと連携し、成熟した社会をつくることを目指すべきだ。今回の原発事故は、不幸な事態ではあったが、「災い転じて福となす」きっかけとしたいと思う。

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天才ジュウシマツ“パンダ”の悲劇

春になると、いつもあの疑問がわいてきます。それは鳥の声への私の疑問。

鳥の声はどうしてあんなに透明で美しく、はかなく、懐かしいのだろうか?

子供のころキャンプの森で聞いた野鳥の声。さわやかな空気、目に沁みる緑、そして友達同士との気が遠くなるほど楽しい時間の思い出とあいまって、そう思うのでしょうか?いやいや、やっぱり鳥の声は不思議だ。わたしは長年、そう思ってきました。

5月は野鳥が活発に活動する季節。

今年も、またあの疑問について思いめぐらしています。

私が数年前やっていた「科学大好き土よう塾」に出演した高名な先生が、この疑問に答えてくれたことがあります。理化学研究所脳科学総合研究センターの岡ノ谷一夫先生です。

番組のタイトルは「鳥はどうして鳴くの?」。

先生はとてもユニークな方で、

スタジオ

で、鳥の「さえずり」について、非常に興味深い話をしてくださいました。そもそも一般に鳥は、オスメスに限らず、一年中「地鳴き」と呼ばれる声で、鳥同士のコミュニケーションをするのですが、オスだけ、春から夏にかけて、「さえずり」という不思議な鳴き方をするそうなのです。

(余談:したがって春から夏のキャンプでは「鳥のさえずりで目が覚めた」は正しいが、それ以外の季節では「さえずりで目が覚めた」ではなく、「地鳴きで目が覚めた」が正しい表現。あまりロマンチックではないですよね。)

さて、「さえずり」は人間でいうと「歌」のようなもので、この上手下手で、オスはメスにもてるかどうか、つまり自分の遺伝子を後世に残せるかどうかの瀬戸際に立たされる重要なものだというのです。

その岡ノ谷先生の実験を、番組の中で、映像で紹介しました。

ジュウシマツの2匹のオス、タロウとアキラがメスのモモコに求愛し、

その声(さえずり)の分析をします。

まずタロウがモモコと一緒のかごに入りました。

タロウはまだ新米のジュウシマツで、メスへのさえずりに慣れていません。

しかし、かごに入ってまもなく、タロウは果敢にもさえずりをはじめました。しだいに声の調子もあがり、若いタロウは、しきりとモモコに働きかけようとしますが、モモコはなぜか気乗り薄で、タロウがモモコのそばに行っても、顔を背けるようにしてすぐに別の所に逃げてしまいます。

実験終了時、タロウは疲労困憊。がっくりと肩を落として、傷心の状態になってしまいました。

さて次に入れられたのは「アキラ」というジュウシマツ。メスの間では評判のプレイボーイです。アキラがかごに入ってまもなく、アキラは常にモモコのそばにぴったりと寄り添って歌を歌い、あれよあれよという間に交尾してしまいました。しかも、モモコも嫌がる様子がありません。

一体何が違ったのか。

この2羽のジュウシマツの声のパターンを分析すると、タロウの声は一見にぎやかで活発ですが、よく見ると同じパターンを繰り返し、一本調子で押しつけがましい感じ。これに比べてアキラは、まず短い「さわり」の声を出し、次にやや変化をつけたものに変え、そののち「メインテーマ」で歌い上げていたのです。しかも延々と歌い上げることはせず、また短いパターンの声で変化をつけ、再び歌い上げるという、手の込んだ歌唱方法をとっています。また、このバリエーションをメスによって変え、つねにメスのそばに寄り添い、メスの反応を確認しながらさえずりを続け、歌の効果を検証しつつ、タイミングを見計らって交尾に及んでいるのです。まさにプレイボーイジュウシマツの面目躍如です。

それにしても歌い方が違うと、なぜ「もて方」に差が出るのでしょうか。

岡ノ谷先生によると、じつは野鳥の世界では、アキラのような変化に富んだ声を出すのは、本来危険なことなのだそうです。外敵がいる森の中で、歌に精力を費やすと、そのぶん注意力散漫となり、生存の危機に自らをさらしてしまうからです。しかしこの状況をメスから見ると、「危険な中でも歌が歌える頼もしい人(鳥)」ということになります。つまりジュウシマツは複雑なさえずりをすることで、自分の余裕の姿をメスに見せつけ、自分の大きさやたくましさをアピールしているわけです。

わたしはこの話を聞いて、とても不思議な気持ちになりました。

人間と姿も違う鳥の世界で、人間そっくりのドラマが展開し、しかもそれが「歌」という手段を通じて行われている姿は、単なる不思議を通り越して、深い感動すら覚えたからです。これは、人間界でいう「文化」の物語ではないか。生物が生きるとは、一体どういう事なのか。進化の神秘というほかないではないかと感じ入ってしまうのです。

さて、番組の収録も終わり、控室で、岡ノ谷先生とお茶を飲みながら談笑しているとき、衝撃的な話がでました。それは「今までで一番歌が上手かったジュウシマツは誰か」という話題になったときでした。岡ノ谷先生は、突然声を低め、「それはやっぱりパンダだなあ」と、感慨深そうにつぶやき、遠くを見つめました。

「パンダ・・」私の心の中をざわざわと胸騒ぎが駆け抜けました。

パンダは天才的なさえずりの名手でした。

歌のバリエーションはアキラの比ではなく、さわり、展開、メインテーマの組み合わせとも天下一品、絶妙無比。人間ですらうっとりとするほどの技量だったといいます。しかし奇妙なことにパンダはもてなかったのです。

なぜか。

残念ながら、パンダは自分の歌に酔うタイプのジュウシマツでした。

歌のバリエーションは天才的でも、アキラのようにメスの表情を読みながら歌うことをせず、純粋に音のつながりでさえずる芸術家タイプの鳥だったのです。

結局この話は、テレビで紹介されることはなく、

打ち合わせ室に居合わせた、数人のスタッフ達の心の中に、

小さな感動を巻き起こしただけで終わってしまったのでした。

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スペースシャトルが残したもの2012.1.19

30年前、初めてスペースシャトルを見たときの感動を、私はよく覚えています。それは今まで見たこともないデザインでした。アポロやソユーズのようなロケット型ではなく、曲線の多い白く美しいボディー。どことなくおっとりしていて、打ち上げの時は燃料タンクにしがみつき、なんだかすこしユーモラス。しかし、最先端の科学技術の粋を集め、轟音を上げて大量の荷物と人間を運び、自由に宇宙空間を往復し、地上に颯爽と滑空して帰る姿は「かっこいい!」の一言でした。シャトルはまさに人類の宇宙への夢を満載した科学のシンボルであり、若者たちの心のドアをノックしたヒーローだったのです。

偉業は数えきれません。

現在のところ、人類の宇宙飛行経験者は、のべ1176名ですが、シャトルは135回の打ち上げで、なんとその7割を運んでいます。16トンもの大型の荷物を搭載し、他の宇宙機では絶対できない、国際宇宙ステーションやハッブル宇宙望遠鏡の建設を可能にしたのもシャトルです。そのおかげで、私たちは、高度400キロからみた国境のない地球の姿を観察したり、星の始まりや終わりといった、息をのむほど美しい宇宙の姿を、目の当たりにできるようになったのです。また将来、必ず必要になる「往還機」技術(宇宙と地球を行き来する)を確立したことも見逃せない業績です。要するに、シャトルは、人類が宇宙に進出する、本格的な有人宇宙時代を切り開いた「立役者」なのです。

しかし一方で壮絶な戦いの歴史もありました。

コロンビア、チャレンジャーの2度にわたる悲劇は、宇宙事故の凄まじさ、宇宙空間の過酷さを見せつけました。宇宙飛行士や関係者の方のお話を聞くと、地上に帰還したシャトルのボディーは、帰還時の熱で焼け焦げていたり、宇宙に漂うチリ(宇宙ゴミ)が当たった跡が至る所にあり、その傷だらけの姿に驚くそうです。シャトルは、苛酷な宇宙と戦うための設計を数々試みていますが、実際に運用してみると、その弱点や盲点も分かり、熾烈な批判にさらされることもありました。しかし結局、その苦悩と紆余曲折を乗り越え、ミッション終了のゴールにたどり着いたわけです。

それにしても、なぜそこまでして、私たち人間は宇宙に行こうとするのでしょうか?

私は、遺伝子に刻み込まれた「冒険心」「探究心」がそうさせるのではないかと思います。著名な科学者に聞くと、哺乳類、例えばネズミなどは、子供のころ、母親を安全基地として育っていくが、時々離れた場所を探索行動するそうです。探索を通じて周囲の環境を知り、認識を広げ、そしてあわてて安全基地(母親)のところに帰る。それを繰り返して成長していきますが、大人になると、この行動は次第に消えていきます。

しかし人間は、どうしたことか大人になっても探索行動をやめない。その理由は、人間の場合、自分が属する集団や組織を「安全基地」として位置づけ、そこを拠点として探索行動を続けているのではないかというのです。人間はそのように、組織的にも冒険を続けながら、環境に対する認識を広げ、環境を作り替え、さらに安全基地を作って広げながら、果てしない冒険や探索を続けているのでないかというのです。

なるほどその考えに立てば、はるか昔、アフリカで誕生した人類が、二足歩行を始め、アフリカを旅立って、理屈に合わない奇妙な長旅をした謎も理解できます。そもそも人間は、氷河期なのになぜ寒い場所に北上していったのか?ベーリング海峡手前でスタンバイし、陸続きになるや北米にわたり、さらに南下して赤道を越え、南米南端まで移動するという、奇妙な行動をなぜとったのか?「人口増加で拡散した」というような説明だけでは、なにかしっくりとは理解できません。やはり、人間の本能「好奇心」や「冒険心」がそうさせたという側面があったのかもしれない。そしてその特徴は、現代人にも脈々と受け継がれているのかもしれないと思うのです。私たち人間は、進化の中で脳を巨大化させ、周囲の環境を理解し、人工環境(文明社会)を作り出して生き延びる生存戦略をとったわけですが、その根底には、新しいものに対する強烈な好奇心が横たわっているのではないでしょうか。そしてこの好奇心が消えるとき、人間の進化が止まる時なのかもしれないと、私は最近よく思うのです。

スペースシャトルが存在した背景には、当然、各国の国家戦略や軍事的、政治的思惑、経済的理由など、様々なものがあります。宇宙開発はまさに国家利益が衝突する現場であり、シャトルはその交差点にあった乗り物ともいえます。しかし人間という生物がこの素晴らしい乗り物を作り出した「壮大な物語」がその底に存在することも事実なのだと思います。

さて、これから宇宙開発、とりわけ日本の宇宙開発はどうなっていくのでしょうか?

実は日本にとってこの上ないチャンスがやってきています。日本は国際宇宙ステーションへの輸送機としてHTV「こうのとり」を開発していますが、シャトルなき後、巨大な荷物を宇宙ステーションに運べるのは、いまのところ、日本の「こうのとり」だけだからです。しかも今後、こうのとりの技術を発展させれば、ロシアのソユーズのように、人間を運ぶことも可能になるといいます。

その意味で、現在の日本は、世界から熱い視線で注目されています。そして、今後の日本の宇宙開発をどうするのか、その方向性を決める分岐点に差し掛かっているとも言えるのです。

スペースシャトルは、7人の日本人の宇宙飛行士を誕生させました。

彼らは、ときに長期間、国際宇宙ステーションに滞在し、宇宙空間での医学的影響や、様々な実験をこなし、宇宙がどのようなところなのか、膨大な情報を学習しました。この知識は、将来日本人が宇宙に進出するとき、私たちを背後からしっかりと支えてくれる、貴重なものとなるでしょう。

はたして私たち日本は、今後、シャトルが残した遺産を日本らしく発展させ、素晴らしい宇宙時代を切り開くことができるのでしょうか。そして私たちの国や世界を、人間が幸せで豊かに暮らす場に成長させることが出来るでしょうか。地球を宇宙的視野でとらえ、未来を切り開く英知を得るためにも、人間と宇宙のかかわりを、これからも考え続けていきたいものです。

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宇宙コラム2「アルマ電波望遠鏡で見る宇宙の神秘」2012.1.19

「私はどこから来たか?私は何者か?そして私はどこに行くのか?」

この問いは人類がずっと追い求めてきた永遠の問いです。現代科学の説明では、宇宙が生まれ、物質が進化し、太陽系が生まれ、生物進化がおき、そして人間が生まれたということになっていますが、それがどのようなプロセスでどのように進んだのか、実はわからないことだらけ。その問いの一つに天文学から答えようとしているビッグプロジェクトを今日はご紹介しましょう。

場所は南米チリの5000メートルの高地にあるアタカマ砂漠。ここに、日本を初めとする世界約20カ国が参加するアルマ電波望遠鏡が建設中です。巨大なパラボラアンテナ66台を最大18.5キロの範囲に設置し、宇宙空間のチリやガス(星間分子雲)、さらにはまだ見つかっていないアミノ酸をも観測して、天体や生命誕生の謎に迫ろうというものです。

電波望遠鏡とはどんなものでしょうか?

宇宙空間の物質はすべて電磁波を出していますが、電磁波の種類は物質の温度によって違います。高温の物質からは波長が短いガンマ線やX線、温度が下がるにつれて紫外線や可視光(私達の目はこの範囲を見ることが出来ます)、温度がぐっと下がるとサブミリ波やミリ波(零下160-260度)といった波長が長いものになっていきます。電波望遠鏡が観測するのは、このサブミリ波やミリ波。つまり天体が誕生する前段階(非常に冷たい!)の、宇宙空間のチリやガスの様子を克明に見ることが出来るのです。

しかし残念ながらこれらの電磁波は、大気中の水蒸気や大気そのものに吸収されやすく、普通の環境では地上にほとんど届きません。そこで選ばれたのがチリのアタカマ砂漠。空気もきれいで、乾燥している為、絶好の建設場所として位置づけられたのです。

しかもアルマ電波望遠鏡は、パラボラアンテナ66台の位置を自由に変え、目的に応じた観測をすることが出来ます。望遠鏡に「口径」という言葉がありますが、口径は大きくなる程はっきりモノを観測できるようになります。アルマ望遠鏡は最大18.5キロの口径の巨大アンテナに相当するので、視力はなんと6000。東京から大阪の一円玉を見分けることができるスグレモノなのです。

 電波で見る世界とはどんなものなのでしょうか?今までの電波望遠鏡が観測した実例を、いくつかご紹介しましょう。

(写真1

たとえば、オリオン座の馬頭星雲を見ると、光学望遠鏡で見えない場所に、ガスや塵が分布している状況がわかります。濃度の高いところを赤く表示していますが、星はこういうところから生まれるのではないかと考えられています。

(写真2

これは超新星爆発のようすです。可視光でみると、輪郭が見えるだけですが、電波望遠鏡でみると、内側のチリやガスの分布状況が克明にみてとれます。

(写真3)

 さらに視野を広げて、銀河の分布を見てみます。可視光でみると、銀河の分布はちらほらみえるが、電波望遠鏡でみると、その間にガスや塵がびっしりと分布しているのがわかります。これらは今後銀河になっていく「銀河の卵」とでもいえるものだと説明されています。

 アルマ電波望遠鏡はこれらの今までの電波望遠鏡と比べて、さらに性能が増すので、たとえば宇宙空間のアミノ酸の分布を調べることが出来れば、宇宙での生命の起源に迫ることもできるかもしれないと期待されています。

アルマ電波望遠鏡には、社会的にも大きな意義があります。66台ものパラボラアンテナの位置を自由に変えたり、観測方法を変化させる為には、様々な高度な制御技術が必要です。またそれぞれのパラボラアンテナが集めた膨大な情報を、一つに統合したり、解析するには、世界最先端の、高度な情報通信技術や信号処理技術蛾必要です。アルマ電波望遠鏡を実現することは、それらの技術の育成も同時に行う必要があり、結果として、参加各国の産業技術への大きな波及効果となっているのです。もちろん日本の技術力はそこでも活躍し、またアルマ電波望遠鏡とともに進化しているわけです。

そしてもう一つの社会的意義。

それはなんと言っても、私達人類の宇宙観を大きく変える可能性があるということでしょう。アルマ電波望遠鏡が、今までわからなかった宇宙の謎をどこまで解明してくれるのか。宇宙がどのように生まれ、進化し、私達につながっているのか。アルマ電波望遠鏡が見つける情報は、「人間とはなにか」という巨大な物語を考えるうえで、この上ない示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

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宇宙コラム1「深刻化する宇宙ゴミ」(2012.1.17)

1月16日の未明、ロシアの火星探査機「フォボス・グルント」が、チリ沖太平洋上に落下したとの報道が世界を駆け巡りました。この探査機は、去年11月打ち上げられたものですが、その後、地球軌道の離脱に失敗し、地球を周回したのち落下してきたのです。

じつは最近似たようなニュースが相次いでいます。去年9月にアメリカの衛星「UARS」、10月にドイツの衛星「ROSAT」と、この半年弱で3機もの衛星が立て続けに落下しました。いずれも被害はなかったとはいえ、燃え尽きずに落下する可能性が指摘された点では今までにないことです。

なぜこのようなことが起きているのでしょうか?

背景には、宇宙空間に増え続ける「宇宙ゴミ」の問題があります。

人類は、今までに6700個もの人工衛星を打ち上げましたが、打ち上げたのちのロケットや人工衛星がそのまま宇宙空間に残ったり、残存燃料の爆発や衝突で機体がばらばらになり、宇宙ゴミとなり、問題化しているのです。

今回落ちてきたのは、その一部ということができるわけですが、計算上は、人間に当たる確率は1000年に1回。実際にはまだ怪我などの報告はありません。ということで、地上では、宇宙ゴミを極度に恐れる必要はありませんが、放っておいていいわけはなく、何らかの対策が必要といえます。

じつは、問題は、地上に落ちてくるものよりも、むしろ宇宙空間で飛んでいる宇宙ゴミのほうです。その速度は、なんと秒速8キロ。ピストルの銃弾でも秒速数百メートル以下ですから、もし稼働中の人工衛星や国際宇宙ステーションにぶつかったら大変です。実際、フランス軍事衛星セリーズに宇宙ゴミがぶつかったり(1996年)、アメリカのイリジウム衛星とロシア軍事衛星が直接ぶつかる(2009年)という、史上初の衛星同士の事故も起きています。宇宙ゴミが大きく、事前に軌道が分かる場合は、たとえば国際宇宙ステーションは、事前に軌道修正し、衝突を回避するのですが(1998年以降9回)、回避が間に合わず、乗組員がソユーズに避難したことも2回あるそうです。

宇宙ゴミが多く飛んでいるのは、高度1000キロ以内。この区域は国際宇宙ステーションや観測衛星など多くの人工衛星が稼働している場所なので、問題は深刻です。

ではどうすればいいのでしょうか?

宇宙ゴミで一番問題なのは、10センチ以上の宇宙ゴミです。この大きさのものは地上からも観測可能で、2010年段階で17000個弱が確認されています。冷戦の頃の米ソの衛星衝突実験や、最近の中国の衝突実験のたびに数が増え、この数にまでなってしまいました。10センチ以上の大きさの宇宙ゴミへの対応は、基本的には観測で軌道を予測し、衛星や国際宇宙ステーション側が軌道を変えて回避する方法がとられています。また1センチ以下のものは、例えば国際宇宙ステーションでは機体を強化して、穴があかない構造にして対処しています。しかし問題は1-10センチの宇宙ゴミで、対応のしようがないのです。

今後は、宇宙ゴミの観測能力を向上させたり、機体を強化するなど対策を進める必要がありますが、新たに打ち上げる衛星がこれ以上宇宙ゴミにならない工夫も重要です。そのためには、使用後残った燃料でコントロールして海に落ちたり、テザー(ひも)をとりつけて人為的に落下させ、大気圏で燃え尽きるような工夫も必要で、その対策をどのように進めるべきか、国連でも議論が始まっています。

いずれにしても宇宙は人類共通の財産。宇宙の環境問題をこれ以上悪化させない認識を、各国が今以上に持ち、行動に移すべき時が来ていると言えるのではないでしょうか。

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放射能とどう向き合うか?2011.8.14

●「まさか」の連続だった福島第一原発事故
・ 3月11日の東日本大震災で引き起こされた福島第一原発事故は、信じられない出来事の連続でした。水素爆発で立ち上る煙、次々に悪化していく原発内部の状況、溢れる汚染水、そして広範囲にまきちらされていく放射性物質。どの光景も目を疑うものばかりで「まさかこんなことが日本で起きるとは」というのが、私の率直な感想でした。
・ 私は今から25年前、NHKスペシャルの取材で、のべ4回、半年にわたり、チェルノブイリの汚染地帯に入ったことがあります。私は、その頃、実は「原発災害は、ソビエトという社会主義国家だから起きたのだ」と思っていました。日本の原発はタイプが違うし、安全装置も充実している。日本は先進的な資本主義国で、世界に冠たる科学技術大国。その国で原発事故など起きるはずがないと、心のどこかで思っていたのです。チェルノブイリにはいっていた、多くのジャーナリストたちも、私と同じような印象を持っていたのではないでしょうか。
・ ところが、その原発事故が、こともあろうに日本で起きた。しかもチェルノブイリと同じレベル7。放出された放射性物質の量は一ケタ少ないとはいえ、10日で事故が収束したチェルノブイリと比べて、福島の原発事故はいまだ収束しておらず、世界で初めて、複数の原発での事故だということを考えると、チェルノブイリを上回る衝撃を世界に与えた側面があります。技術レベルが高い日本で原発事故が起きたということは、世界中の原発の安全基準の再チェックが必要になります。また原発は、近年、地球温暖化を食い止める、重要なエネルギー源と(いつの間にか)位置づけられ、その意味でも、今後の世界の温暖化政策にも大きな影響を及ぼします。さらに、アジアなどで進行する急速な経済成長を見ると、今後の世界のエネルギー戦略をどうしていけばいいのか、深刻な課題が各国にのしかかることになります。

● 放射能汚染はどこまで広がっているか?
・ 福島では、今も原発の暴走と、放射能の放出を食い止める努力が続いています。原発の現状は、再びメルトダウンに向かうような、一時期の危険な状況は脱したように見えますが、事故はまだ収束しておらず、原発内の燃料を冷却し、今後の廃炉に向けて、やらなければならないことが山積です。そしてこの作業は、今後数十年にわたって続けられるのです。
・ もう一つ深刻な問題があります。それは、既に放出された放射能による深刻な環境汚染です。福島第一原発から放出された放射性物質は、数種類ありますが、当面重要なものは放射性ヨウ素と放射性セシウムです。放射性ヨウ素は、半減期(放射線の量が半分になる)が8日と短く、既に放出されたものは徐々に危険性が少なくなっていきます(原発から新たな放出がないことが前提)が、放射性セシウムは、半減期が30年と長く、環境に降り積もった後、人体に放射線によって、直接影響を与えたり、食物や水を通して影響を及ぼしたりする危険性があります。現在発表されている放射能汚染地図は、そのまま、放射性セシウムの濃淡を示していると考えていいと思います。
・ 福島原発事故で放出された放射能は、その多くが原発周辺から北西の方向に流れ、その後「計画的避難区域」と呼ばれた地域を中心に、環境を汚染しました。また風向きの変化で、その他のところにも飛散しましたが、地形や雨の影響で、所々に「ホットスポット」と呼ばれる濃度の高い場所も出来ました。チェルノブイリ事故でもそうでしたが、放射能による汚染地帯は、決して同心円状ではなく、風向きや地形、気象の影響で、複雑な形になるのが一般的です。事故直後、緊急避難的に、危険な区域を同心円状に設定するのは仕方がないことですが、その後の放射能汚染地図作りの過程で、同心円の外でも人が住めないところがわかったり、逆に、同心円内でも、人が住める地域が出たりすることがあります。

● 放射線の人体への影響はどこまでわかったか?
・ 放射線の人体への影響は、実はまだわからないことだらけです。人間の健康に関わることだけに実験することも出来ず、今まで人類が経験したこと(たとえば広島長崎やチェルノブイリでの経験)の医学データをもとに整理するしかないからです。(P1)これは放射線の強さと人体への影響を表した図です。100ミリシーベルト(緊急作業員の被ばく上限)を超えて、1000ミリシーベルト(1シーベルト)で吐き気、3000-5000ミリシーベルト(3-5シーベルト)で50%死亡、1万ミリシーベルト(10シーベルト)では100%死亡すると言われています。これらの被ばくによる症状は、「急性症状」と呼ばれ、広島や長崎などでも認められたもので、吐き気、倦怠感、出血、脱毛、ガンの増加などの、体の異変が報告されています。では100ミリシーベルト以下では何が起きるのでしょうか?100ミリシーベルト以下では、いわゆる急性症状は出ず、どのような人体への影響があるのかは、まだよくわかっていません。(P2)これは被ばく線量とガンの発生率を表にしたものです。100ミリシーベルト以上では、被ばく量に比例してガンが増加することがわかっています。100ミリシーベルトで0.5%増加、1000ミリシーベルトで5%増加と言った具合です。しかし100ミリシーベルト以下では、それらの事実は確認されていない為、100ミリシーベルト以上の直線をそのまま敷衍して0に繋ぎ、被ばく線量に従ってガンの発生率が変わると仮定した考え方が、一般的に採用されています。この考え方を「直線仮説」といいますが、10ミリシーベルトで0.05%増加、1ミリシーベルトで0.005%増加ということになります。しかしこれはあくまで仮説で、実際どうなのかはわかりません。この「直線仮説」の考え方にたてば、放射線の被ばくは出来るだけ0にするのが望ましいということになりますが、逆に言うと、どこまでやってもリスクは0にはならないわけで、放射線の避難基準や防護基準を巡る混乱の原因になっているとも言えるのです。

● チェルノブイリから何を学ぶか
・ では、チェルノブイリ原発事故では、今まで何がわかっているのでしょうか?大きく言って、二つの事がわかりました。一つは、やはり急性症状が確認されたこと。チェルノブイリでは、事故の収束の為に、おびただしい消防士や軍人が炉心近くで仕事をしましたが、大量の被ばくをした人の中には「急性症状」が現れ、死亡したり、深刻な状況に陥る人が出てきました。これらは、放射線を外部から浴びる「外部被ばく」によるものが大きいと考えられています。もう一つわかったこと。それは、放射能を含む水や食べ物を体に取り込み、放射線を内側から浴びる「内部被ばく」による影響です。チェルノブイリで確認された内部被ばくの影響は、放射性ヨウ素を含む牛乳を大量に飲んだ子供に甲状腺がんが発生したということです。通常子供の甲状腺がんは非常に珍しく、事故後急増した事で、チェルノブイリ事故との関連が確認されたのです。ICRPやIAEAなどの、国際機関によると、チェルノブイリで確認された人体への影響はこの二つだけです。チェルノブイリでも大量の放射性セシウムやプルトニウム、ストロンチウムが放出され、特に放射性セシウムは広範囲に環境を汚染し、大きな社会的問題になりましたが、人体への影響が深刻だとする組織のデータも、今ひとつ説得力を持つに至らず、放射性セシウムが環境から直接、あるいは食品や水を通じてどの程度住民の健康に影響を与えたのかは、医学的には、まだ確立されたものになっていません。

● 放射能にどう向き合うべきか?
・ では、福島第一原発事故で、既に放出された放射能に、私達は今後、どのように向き合って行けばいいのでしょうか?
・ まず原発での作業にあたっている作業員の人々の健康を守る必要があります。通常緊急時の作業員の被ばく限度は100ミリシーベルトとされていますが、福島第一原発事故の作業員の被ばく限度は現在250ミリシーベルトに引き上げられています。しかしそれでも数人の人が既にそれを超えているとの報告もあり、健康が心配です。一部では、東京電力のずさんな管理を指摘する声もあります。放射線による急性症状は明らかにわかっていることであり、なんとしても被ばくによる影響を食い止める必要があります。
・ 二つ目は放射性ヨウ素から子供を守るということです。放射性ヨウ素の半減期は8日で、今後新しい放射性物質の放出がなければ心配はありませんが、問題は過去に放出された放射性ヨウ素が、子供の体にどのくらい取り込まれたのか、甲状腺がんの恐れはないのかということです。政府は事故直後3/28-30に、計画的避難区域などで検査を行い、問題になる被ばく量ではなかったことを確認してはいますが、今後子供の甲状腺の異常や健康調査を継続的に行い、問題がないことを、長期的に確認する必要があります。
・ 3つ目に必要なことは、放射性セシウムで汚染された区域に今も住む人々の健康をどう守るかということです。特に福島市や郡山市に住む子供たちの健康が心配です。政府はそれらの区域の小学校などの放射線量の上限を20ミリシーベルトとし、除染を進め、少しでも0に近づける方針を打ち出しました。この20ミリシーベルトという数値は、緊急時から通常時に移行する間の「復旧時」の放射線量を1-20ミリシーベルトに押さえるべきというICRP勧告に基づくものですが、文部科学省が勧告の上限値をとった為に、住民の不安を誘発し、その後混乱を引き起こしました。現在は自治体などの努力もあり、数値はずいぶん下がって来ましたが、まだまだ高い場所もあり、住民の不安は払拭されていません。これらの数値は放射性セシウムの内部被ばくによる影響を想定したものですが、そもそも内部被ばくの影響にはわからないことが多く、余り気にする必要はないという専門家と、危険と見るべきという意見があり、その対立が市民をますます不安に陥れている側面があります。
・ このような状況で、少なくとも私達は、何をどのように進める必要があるのでしょうか?私は3つのことを提案したいと思います。一つ目は、一刻も早く「正確な放射能汚染地図」をつくり、市民の誰もが簡単にアクセスできるシステムを完成することです。現在、放射能の汚染データ収集は、国、自治体、大学、市民団体などが、それぞれバラバラに行っています。中には測定方法がきちんとしていないものもあり、国や自治体は、測定方法を統一させて、一律のデータを集め、出来るだけ広範囲で正確な汚染地図作りを急ぐ必要があります。放射能は、水の流れに乗って移動したり、ホットスポットをつくったり、森や海の中では上下方向に移動することもある為、汚染地図は立体的で、リアルタイムに近いものである必要があります。このようなデータベースが出来て初めて、住民は自分の住む環境の汚染状況を把握し、行動の方針を立てることが出来るのです。
・ やるべきことの二つ目は、農作物や食品の徹底的な管理です。農林水産省の指導にも関わらず、汚染されたワラを与えられた肉牛の汚染が問題になりましたが、それは行政側の指導不足が原因です。人体に取り込まれる恐れのある食品をきちんと管理し、国や自治体の流通に乗った食品は安全なのだという安心感を作り上げる努力は、全ての基本です。国や自治体は、食品の安全を確保するシステムを、全力で、一刻も早く確立する必要があります。
・ 3つ目は、汚染された可能性のある地区に住む住民の健康調査を継続して行い、国や自治体の責任で診療を保障するシステムを作ることです。放射能の健康への影響は、長期的検査なしではわかりません。たとえ低線量被ばくと人体への影響のメカニズムが不明でも、健康検査は出来るはずで、それを継続しつつ、住民の健康を守る体制を作り上げることが重要です。国や自治体は住民と一丸になって、放射能に立ち向かう姿勢を見せる必要があります。

● 原発事故から学んだ教訓
・今回の事故の混乱は、もとをたどれば、国や関係者が「原発事故は起きない」事を前提にしていたことに行き着きます。国や電力会社は「原発は絶対安全」といい、住民もそれを受け入れ、ともに一種の共同幻想を作り上げてきたのです。「原発事故は起きない」前提ですから、今回のように実際に起きた時、電力会社も政府もうろたえ、適切な対処をとることが出来なかったのです。また、市民の側も、学校で原発や放射能のことをきちんと学んでいないので、風評被害的な行動に結びつきやすかった部分もあります。今後は、学校教育の場で、放射線のようにわかりにくいモノを、科学的視点できちんと理解し、そのリスクに対して、適切に向き合う能力を身につける「リスク教育」を充実させていく必要があります。市民も行政も「思考停止」をやめ、科学的知識をもとに「正しく怖がり」自ら選択し行動できる能力を、身につけていくべきではないでしょうか。

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TVジャーナリストから見た原発事故災害2011.8.11


● 「日本で原発事故は起きない」と思っていた
・ 3月11日の東日本大震災で引き起こされた福島第一原発事故は、全く信じられない出来事だった。水素爆発で立ち上る煙、次々に悪化していく原発内部、そして広範囲にまきちらされていく放射性物質。テレビで見るどの光景も目を疑うものばかり。「まさかこんなことが日本で起きるとは!」。これが私の本心だった。
・ 今から25年前、チェルノブイリ原発事故が起きて後、私は、NHKスペシャルなどの取材で、のべ4回、放射能汚染地帯に入った。汚染地帯の暮らしは通算半年以上に及んだので、日本のジャーナリストの中でもチェルノブイリに多く入った一人だろう。しかし、実をいうと私は、現地でロケしながら次のように思っていた。「このひどい原発災害は、ソビエトという社会主義国家だから起きたのだ。事故が拡大した原因は、形骸化した政治体制が引き起こす、不十分な危機管理や情報の閉塞性のためだ。日本でこのような事故が起きるか?答えは否。日本の原発はタイプも違うし、設計もしっかりしている。日本のような科学技術のレベルも高い先進国で、このようなことは起きないはずだ」。チェルノブイリには、多くの日本人や世界各国のジャーナリストが入っていたが、多くの人々は、似たような気持ちだったのではなかろうかと想像する。チェルノブイリの惨状を目撃しつつ、意識のどこかに、「原発事故は社会主義が引き起こした」という不思議な安心感があったのではなかろうか。
・ しかし、その原発事故が、こともあろうに日本で起きた。しかもチェルノブイリと同じレベル7。放出された放射性物質の量は一ケタ少ないというが、10日で収束したチェルノブイリ事故と比べて、福島はいまだ事故が続いており、複数の原発で起きる事故の複雑さにおいては、人類史上初めての大災害である。福島原発事故は、チェルノブイリになかった、深刻な波紋を世界に広げている。一つは、原発事故が、先進国の日本で起きたという事実。高い技術レベルの日本で事故が起きたということは、世界のどの原発についても再チェックが必要だということを示している。二つ目は、今後の地球温暖化への取り組みに大きな影響を与える点。原発は、高濃度放射性物質の処理など、深刻で根本的な課題を抱えるにもかかわらず、温室効果ガスを出さないクリーンエネルギーとして、いつの間にか位置づけられ、今後のエネルギー源として不可欠とされてきた。またアジアなどで進行する爆発的な経済成長を支えるには、原発の巨大なエネルギーが必要で、今後の世界をけん引する重要な要素だと位置付けられてきた。そのような文脈で、福島第一原発事故が起きたことを思うと、その影響は、今後の世界に対して、大きなものになるだろうと予想される。

● チェルノブイリの混乱はなぜ起きたか
・ 福島原発事故ののち、日本では様々な混乱が、いまだに拡大を続けている。特に放射能汚染地帯からの避難の問題や、福島市や郡山市などの、比較的低い(?)汚染地帯の小学校や子供の生活を巡る混乱、セシウムによるお茶や肉牛の汚染など、波紋はむしろ広がり続け、社会的不安がますます増大している。これから何が起きるのか。チェルノブイリを振り返ることで、何か参考になることが言えるかもしれない。
・ チェルノブイリでの社会的混乱は、ひどいものだった。一言でいうと、その最大の原因は、放射能汚染についての情報不足と、政府への不信感だったといえる。チェルノブイリ事故後、原発から30キロの同心円内の住民は強制的に避難させられ、立ち入り禁止となったが、事故4年目、放出された放射性物質の多くが、30キロゾーンを大きく超え、ロシア、ベラルーシなどの広範な地域を汚染していることが分かり、社会的な大混乱を引き起こした。住民たちは高濃度汚染地帯に4年間も、何も知らされず住み続け、牛乳などを通じて放射性ヨウ素が子供の体に入り、甲状腺がんを引き起こす結果となってしまった。住民たちの政府不信はピークに達し、政府がいくら説明しても、納得できないまま、さらに混乱が広がっていった。それに加えて、政府と現地の行政組織の対立がおきた。当時ソビエトは崩壊のプロセスにあり、ペレストロイカやグラスノスチが進行中で、ウクライナやベラルーシでは、台頭する強い民族主義と原発事故が結び付き、中央政府と現地自治体の信頼関係が壊れ、情報が分断され、枯渇し、住民は放射能汚染の中に放置され、事態が深刻化していく構図となった。
・ これはあくまでチェルノブイリ事故の話であり、日本とイコールではない。しかしこう書いてみると、私は日本でも同じパターンのことが、いくつか起きているように思えて仕方がない。チェルノブイリの教訓を生かし、日本での社会的混乱が、一刻も早く収束することを願っている。

● 国家として反省すべき点とは
・ 今回の原発事故で明らかになったのは、日本政府の「リスク管理」のレベルの低さだ。その原因をたどっていくと、「日本では原発事故は起きない」という考え方に行きつく。東京電力や政府当局は、「原発には幾重もの安全システムがあり、あらゆる事態に対応しているため、事故は起きない」という前提で、住民説明やもろもろの対策を進めてきた。住民側もそれを受け入れ、政府や電力会社との間で、ある種の共同幻想が共有されてきた。その結果、「もし原発事故が起き、最悪の事態になったら」という具体的な準備が欠落し、現実に起きた事態に対応しきれず、事態が深刻化する結果になっていった。
・ 国家として反省すべき2つ目の点は、科学的事象の国民への説明の訓練がされていないということ。今回の事故後、保安院や東京電力の担当者が次々と現れ、国民やマスコミに向かって説明を試みたが、木を見て森を見ない説明が多く、国民が本当に知りたいことに答えることができなかった。このことが国民の混乱や不信を、さらに生み出す一因となったことは否めない。
・ 3つ目の反省点は、専門家の間での議論とコンセンサスの不足。事故による放射能(特に100ミリシーベルト以下の低線量被ばくや内部被ばく)が人体にどのような影響をもたらすかということについて、学説が分かれ、それらを乗り越える努力をしないまま、生の情報が国民に提供され(マスコミにも責任がある)、科学に対する不信と社会的混乱を増大させた。
・ 第4の反省点は、学校における「リスク教育」の不在。放射能だけでなく、環境ホルモンや電磁波など、現代社会にはリスクがあいまいで、将来に影響が出るかもしれない不安につながるものがあふれている。私たち市民は、これらのリスクを、科学的にどのように理解し、向き合うべきなのだろうか。その必要性が求められているにもかかわらず、今まで日本の学校では、そのようなリスク教育が行われてこなかった。いわゆる「風評被害」の原因にも、科学的思考に未熟な市民の存在が関係しているかもしれない。

● マスコミ人として反省すべき点は
・ まず感じたことは「専門記者」や「専門知識を持つディレクター」の圧倒的な不足ということである。特に原発や放射線などの、専門性の高い知識を持つ放送人は少なく、今回の事故に十分に対応できなかった傾向がある。背景には管理職などの総合職の評価(や給与)のほうが、専門職より高くなる日本の組織ジャーナリズムの特徴があるかもしれない。欧米では、50歳を過ぎても専門的知識で勝負するベテラン記者をよく見るが、日本の場合、後進にそれを譲り、いわゆるデスクやプロデューサー、部長、局長へと出世街道を登っていくことが一般的。ジェネラリストがスペシャリストより評価されている実態がある。このため、専門性と深い視点を兼ね備えるジャーナリストが育ちにくい。今後は、日本にも、もっと専門性を兼ね備えたジャーナリストを育てるシステムが必要だと思う。
・ 「正確すぎると伝わらない。単純すぎるとウソになる」。科学的情報を一般市民に伝える時、我々が陥る悩みを表した言葉である。特に最近は、科学的成果がさらに狭く深くなり、社会的インパクトも増す一方で、ますます伝えにくい状況が生まれている。このような状況下で科学的情報をどのように伝えていけばいいのか。伝える側のマスコミの問題、受け取る側の市民の素養、情報を送る側の専門家。それらが一体になり、健全な科学コミュニケーションの在り方を模索していく必要がある。

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テレビマンの育児日記4「親の心を傷つける善意のアドバイス」

自閉症の娘を育てて23年。ずっと続いている悩みがあります。それは、自閉症などの発達障害の原因が「脳」にあるということを、伝えることの難しさです。発達障害の子を持つ親が最初に直面する悩みの一つに「大丈夫よ。きっと良くなるから」という言葉があります。この言葉は親戚や、親しい友人など、発達障害を知らない人から善意で発せられる場合が多いのですが、一つ落とし穴があります。それは、自閉症が脳由来の障害だということを理解していないがために、「今まできちんと育ててこなかったからこんな子が出来た」と言う考えに直結する場合があるからです。心の発達は「脳」と「環境」で決まります。しかし、「発達障害の原因が脳にある」という考え方が医学的に成立する前、発達障害は育て方の結果だと考えられた時代がありました。特に母親は、「赤ちゃんの時の育て方が悪かったのではないか」など、様々な自責の念にかられています。そんなとき発せられる「大丈夫よ、きっと良くなる」という言葉は、「発達障害は治さなければならない病気だ。治らなければ負けだ」「環境を変えればすぐ治る(あなたのせいだ)」という残酷な言葉となってしまうのです。私達は、発達障害を引き起こす原因が脳にあることをきちんと把握し、それを踏まえた上で、その子の特性を理解し、教育の環境作りをしながら、成長を誘導していく必要があります。発達障害の子を育てる主体が母親の場合は、母親を孤立させてはなりません。父親は、仕事の忙しさを理由にせず、育児に奮闘する母親をバックアップし、特に精神的に励ます必要があります。その他の家族や親戚も同じです。この連係プレーを作り上げるのはとても大変ですが、何とか進めていかなければなりません。もう一つ。育児に疲れたら、レスパイトサービスなどを使って子供を預け、映画やショッピングに出て鋭気を養うことも重要です。発達障害の子とともに生きていくのはマラソンのようなもの。あせらずゆっくりと、気長に取り組んでいきましょう。私達夫婦が、23年の子育てで辿り着いた結論は「みんなで幸せになる」事が大切だということでした。

シリーズ1-4

http://www.musashino-higashi.org/education-center/advisory-message.htm

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チェルノブイリに見た「心」の被曝

以下、事故18年目に書いた文章です・・・
18年前の4月26日、ウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故は、人類史上、例を見ない放射能汚染をひき起こした。私は当時科学番組部でディレクターをしており、NHKスペシャルの取材で、事故直後から数回、通算半年間ほど汚染地帯で暮らしたことがある。食料や水、ほこりを通して私の体に蓄積されたセシウムやストロンチウム、プルトニウムなどの放射性物質は、いまも体内で放射線を出し続けているはずだ。(放射線は皮膚に届くまでに減衰し、私とお話しする人には影響ありません。念のため。)
はじめて汚染地帯に立ったときの気持ちを忘れることができない。透明な空気、美しい湖、川、草原地帯、青空をゆっくりと飛ぶコウノトリ、鮮やかな麦畑をうねらせながら風が通り過ぎていく。まるで童話の世界を絵にしたような風景の村。しかしそこに住民はいなかった。汚染勧告で全員が避難したのだ。生活の様子を残したまま、人間だけがすっぽりと消えている。不気味なほどの静寂。遠くに事故を起こした4号炉がシルエットのように見える。「色もなければにおいもしない」放射能汚染の現場---。
風景が美しければ美しいほど、五感ではわからない放射能汚染が、恐怖感を増幅させた。
問題が深刻化したのは、事故から4年目だった。事故直後、原発から周囲30キロ以内は立ち入り禁止ゾーンとして無人化したが、ゾーンの外は放射能汚染がなく、立ち退きの必要がないエリアとされていた。しかし、事故の4年後、恐るべき事態が明らかになった。チェルノブイリ原発から放出された放射性物質が、予測不能の気流に乗り、「ゾーン」をはるかに越えた北方のベラルーシ共和国に、大量に降り注いでいたのだ。しかも所々に、水が作り出す「ホットスポット」と呼ばれる超高濃度汚染地域ができており、住民は大パニックに陥った。「水」が集まる場所は穀倉地帯であり、結果的に自然の恵みのメカニズムが裏目となった。公表されていた放射能汚染地図も、根本的に書き換えなければならない最悪の事態であった。私たちは、そのベラルーシにカメラを入れた。ベラルーシの村々の畑には、たわわに実った麦が、汚染のため収穫されないまま放置されていた。すでに住民避難が始まっており、歯が抜けるように住民が減り始めていた。避難は赤ちゃんをもつ若い夫婦から始まった。若い人が集まる店がつぶれ、学校が消え、共同体が機能を失いつつあった。老人と一緒に住む大家族では、若夫婦だけが子供を連れて逃げた。「老人たちは見知らぬ新しい場所に逃げるより、村に残ることを望んだ。」と役場の人は説明した。しかし実際は、老人とともに新しい人生を始める経済的余裕がなく、「現代の姥捨て山」とでもいえる状況が起きていた。老人たちは、行く当ても、生活のすべもないまま放置された。
放射能汚染が村人や家族の絆を引き裂き、ずたずたに崩壊させ始めていた。その近くに、住民全員を引き連れて、知人のいる場所へ避難する決意をした小さな村の村長がいた。奇妙なことに、その村は汚染レベルとしては国が定める基準値以下の村だった。「逃げる必要がないのになぜ避難するのか?」
私の問いに村長は答えた。「たしかに放射能は遺伝子DNAを切断し、人体にダメージを与える。しかし傷つくものはもうひとつある。それは心だ。汚染地帯にいると、たとえ汚染レベルが低くても、共同体が壊れ、人の絆がずたずたに切れていく。そこでは体は生きても、心が死んでしまう。「心が死ぬ場所」に、人間が暮らすことはできない。」村長の言葉が私の心に突き刺さった。私の25年のディレクター人生で、忘れられない言葉の一つとなった。東京に帰って私は考えた。人間が人間として生きていくとはどういうことなのだろうか。科学番組をやっていると、人間を精密な機械として見、物理的ものさしだけで判断をする癖がついてくる。健康上安全な場所から「気分だけで」避難する人をまるで愚か者のように感じてくる。しかし人間には、生物的(物理的)存在としての側面のほかに、社会的、文化的存在としての側面がある。「人はパンのみでは生きない」。この当たり前のことを私たちはすぐに忘れ、無慈悲なシステムを作り上げてはこなかっただろうか。人間の顕在意識だけを尊重し、その底流にある潜在意識の世界を忘れてはいないだろうか。形あるものだけを信じてはいないだろうか。形のないものに内在する価値を忘れ去ってはいないだろうか。
チェルノブイリで私は、被曝には「体の被曝」と「心の被曝」があることを知った。あの日から18年。あの重く苦い記憶は、まだ心の底に沈殿したまま残っている。
                   

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「番組つくりから見たコミュニケーションの極意」2011.2.23

  はじめに

  「脳には3匹の動物が住んでいる」と言われる。まず最も深いところに、血圧や呼吸をつかさどる脳幹などの「爬虫類の脳」、その上に喜怒哀楽をつかさどる大脳辺縁系などの「馬の脳」、その上(もっとも表面)に、見たり聞いたり考えたりする知的な情報をつかさどる大脳新皮質「ヒトの脳」が3層になっている。人間は、進化のプロセスで、次第に機能を建て増しし、脳機能を複雑化させてきたが、「コミュニケーション」を論ずるとき、どのレベルの話をしているのかを理解して進めることが重要だとおもう。私たちは、よく表面の「ヒトの脳」のレベルの情報処理や伝達を、コミュニケーションと錯覚するが、それは浅い見方で、その下にあるレベルの脳の情報処理も、同時に考えて進めなければならない。

  わたしは、テレビ局で、ディレクターとプロデューサーを30数年やってきたが、テレビ番組つくりは、この脳の中の3匹の動物を理解していなければ成功しない。人間の知的な興奮や感動は、この3匹の動物が織りなす「理性」と「本能」が絡み合って起きるもので、それがないコミュニケーションは、ただの記号の伝達に過ぎない。もちろん、ただの数値の伝達ならばそれでいいのであろうが、いやしくも「プロデュース」をしようというとき、そのような表面的な取り組みでは全く不十分。人間の脳を駆け巡る重層的な情報を理解しながら、物事を組み立てたり、伝達する時、奥深いコミュニケーションが成り立ち、その結果としてのプロデュースも成立するのではないだろうか。

  ということで、今回は、私がテレビ番組つくりの中で感じてきたことをまとめて記述したいと思う。マスコミにはテレビのほかに新聞、雑誌、WEB、その他もろもろの形態があり、テレビといえども千差万別(放送番組、ニュース、青少年番組、生活情報、スポーツ、芸能、科学などなど)なので、私が述べる話は、その中の主に「科学番組」を通じての経験であることをあらかじめご承知おきいただきたい。この限られた世界の話から、どのような普遍的価値を見出すかは、この文章を読んでいる方の想像力にかかっている(決して逃げているのではありません。少しは逃げていますが。。)といってもよい。

  テレビ番組制作の順序

(1)  企画を立てる

  あらゆる事業がそうであるように、番組つくりは「企画」をつくるところから始まる。そもそも、どのような番組を、どんな目的で、どんな切り口で、誰に向かって作るのか。そのためにはどのような準備や体制が必要か。どのようなスケジュールで行うのか。あらゆることを、一つの企画に落とし込んで、まとめていかなければならない。企画書は、それを採択する人を説得し、了解を得なければ実現しない。そのためには一人よがりでなく、十分な説得力と魅力を持っていなければならない。

  テレビ番組は非常に多くの人を対象に放送される。視聴率1%は100万人以上に相当するため、視聴率10%の番組は1000万人の人に対してのメッセージということになる。このため、ほかのメディアに比べても、基本的に「公的」な色彩を強く持っている。NHKの場合、特に情報番組的要素の強い番組の場合、制作者が、現在の日本や世界、そして社会をどのような視点で見ているかが大きく問われる。ジャーナリズムの基本は、私たちを取り巻く社会が、今、どのように、どこに向かって動いているのか、その中で、私たちとどうかかわっているのかの認識を持つことだ。だからわたしは、どのような番組をつくるときも、大きく言えば、「歴史(人間の歴史、自然の歴史)はどのように流れてきたか」「人間はどのように進化してきたか」「人間とは何か」「人間はどのように生きるべきか」といった根本的な施策が、制作者の心の底を流れていなければならないと思っている。そういう世界観に支えられて、情報番組も、娯楽番組も、教育番組も作られ、位置づけられるべきだと思う。なぜかといいうと、私たちは常に歴史の子であり、その影響の中で変化し、個性を発揮し、歴史を作り変えている存在だからだ。よく、「鳥の目」「虫の目」というが、企画を立てるときも、細部にこだわる目と、全体像をとらえる目がなければ、生き生きとしたそして奥深いものにならないと思う。

  では企画を立てるとき、具体的にどのようなことに留意すべきかを列挙してみよう。

(A)   「テーマ」を決める

番組をつくるとき、まずテーマを決める必要がある。そもそも番組は、何を扱うのか。そのテーマを、どのような社会背景で、どこの何を核にして、どのように番組を展開し、何をどのように伝えるのかを決めなければならない。番組にはいずれ「タイトル」がつくが、タイトルは、あらゆる意味でその番組のエッセンスが凝縮されたものなので、迷った時は、どのようなタイトルになるのかを考えてみるのも有効である。タイトルにしてそれを眺めてみると、自分の企画がいかにあいまいで、しぼりこみに欠けているかがわかる。頭でぼんやりと考えるよりも、実際に文章に書いてみるとわかるのと同じである。

(B)   「切り口」は何か?

テレビや新聞は、WEBと違って、情報を扱うとき、時間や紙面といった制約に縛られている。あるテーマに沿った情報を、無制限に伝えるわけにはいかない。しかも非常に多くの人に向けて発信する以上、情報を明快に伝達しなければならず(できなければ視聴率も下がり、紙面は売れなくなってしまう)、どんな切り口で情報を切り取るかが、大きく問われることになる。実は、この切り口こそ、番組の個性であり、制作者の創造性を示すものなのだ。「切り口」とは、あるテーマを、どのような角度から切り取り、取材し、編集して伝達するかの「方法論」そのもの。これがきちんとしていないと、あふれるような情報を整理し、生き生きと再構成し、命を吹き込むことはできない。私は、WEBは紙面制限がなく、一つのテーマを多面的に十分に伝えることができる優れたメディアだと思っているが、テレビや新聞のように、表現する事件や文字数に縛りがあるときこそ、情報は練り上げられ、整理され、より高度な世界に到達できると思う。まとまりのない話をだらだらと話しても、誰も聞いてくれないように、情報を研ぎ澄まし、魅力的なものにしていかないと、他人は目を向けてくれない。「切り口」は、制作者と社会を結ぶトンネルであり、情報に命を吹き込んで輝かせるための、不可欠の要素だと思う。ホースで水を飛ばすとき、出口を狭く絞れば、遠くに飛ぶのと同じである。

(C)   社会性、普遍性はあるか?

番組は多くの人に向けたメッセージ。たとえば視聴率1%の番組でも、100万人以上が見ているわけで、100万通りの状況のなかで、視聴されているわけである。番組を多くの人に見てもらう場合、伝達するテーマに、ある意味での社会性がないと成立しない。たとえば「株」の番組は、何らかの形で株や経済に興味のある人が見るし、子育て番組は、子育て真っ最中の人や、それを支援している人が見るだろう。扱うテーマが大きく、どのような人でも興味を持つとき、必然的に視聴率が上がることになる。このように、番組には常に「社会性」や「普遍性」が求められ、使われる言葉も、できるだけ多くの人の心の届く練り上げられたものでなければならない。その意味で、制作者には、社会を見る目や、社会を生きる人との共感力がなければならない。さらに、その人たちに伝達する情報が魅力的なものになるための才能と、努力が、当然ながら要求されることになる。

(D)   Something new

NHKスペシャルが始まるとき、その合言葉に「something new」という言葉があった。番組を作るにあたって、必ず何かひとつ(二つでも良いが)新しいことに挑戦しようというのだ。それは「新しい情報』でも、「演出」や「切り口」でも、「新しい映像表現」でもよい。テレビ番組が社会の中で生まれ、社会の中で機能するものである以上、常に何かの新しい側面を持ち、社会に働きかけて、新しい状況を作り上げていくべきだという、制作者たちのプライドがそうさせたのだと思う。しかしこれは、言うは安くおこなうは難しで、容易なことではない。新しいと思っていても、似たようなことを既に誰かがやっていたり、どこかで報じられていたりするからだ。最近、インターネットが発達して、企画や論文をネット検索で探した情報を鵜呑みにして作ったり、中にはコピペをしてつぎはぎ捏造する人があると聞くが、このようなことは、クリエーターとして、最も恥ずべきことだということを肝に銘じるべきである。番組は、常に自分の足を使ってあちこち歩き回り、自分の嗅覚で情報を探り出し、自分の目と耳で確認し、自分の頭で考えて、自分の言葉で表現するのが基本。その意味でも、「something new」という言葉からは学ぶものが大きい。

(2)  予算をとる

当然ながら、どんな優れた企画でも「先立つもの」がなければ、番組制作は出来ない。NHKの場合はスポンサーがいない(スポンサーは国民)ので、特定の産業や企業の意向を気にしたり、営利活動に反したりしてはいけないなどという制約を受けない。民放の世界では、優れた企画もさることながら、お金がつくかがまず重要で、お金がなければ何も始まらない。極端な場合、企画はたいした事なくても、お金さえつけば、番組が成立する場合もあるだろう。NHKはそのようなことを考える必要はないが、こんどは国民が納得するかどうか、あるいは社会的に意義があったり、社会が求めているかどうかといった、別のものさしが重要になる。いずれにしても、民放やNHKを問わず、その企画を受け入れてもらうために企画の採択者を説得し、納得させ、財布の紐を緩めさせなければならない。この点では、企画を立てる人は、独りよがりにならず、常に企画が成立するフィールドの状況を把握し、ニーズに応じた言葉使いや視点を提供しなければならない。プロデューサーは優れた営業マンでもなくてはならず、それを的確に表現、伝達できるコミュニケーターでなければならない。

(3)  構成を立てる

  さて、運よく企画も通り、予算もついた。いよいよ番組つくりが始まる。テレビ番組を作るとき、最初に直面するのは、企画が実際の社会や状況に、きちんと通用しているものかどうかということである。「えっ!」と驚くようなことを書いているが、実は、企画と通すとき、通すことばかり考える余り、「いいことばかりを書いて」いて、対象とする世界から遊離している場合がある。企画に盛り込まれている情報が、事実の集約ではなく、製作者の願いであることがあるのだ。このような企画は、後に大きなトラブルを起こすことになることが多い。下手をすると「詐欺まがい」のレッテルを貼られる場合もある。しかし、集めた事実だけを羅列しても、魅力のない企画になるわけで、製作者の意図や意志を織り交ぜ、事実ともきちんと向き合い、事実の背後にある本質を捉えている企画書は、優れたものであるともいえる。このように、企画が通り、行動が始まるとき、制作者の力量が表面にあらわれ、評価されるという淘汰の状況が始まる。その荒波に飲まれ沈没していく制作者もいれば、見事に自分の船を率いて波を乗り越え、堂々としたメッセージを構築していく人もいる。いずれにしても、企画に基づいて実際のアクションを起こすとき、社会ときちんと向き合いつつ、プロデュースの方向を指し示した優れた企画書は、製作スタッフの最強の羅針盤であり、優れた作品つくりの原動力になるのである。

  番組を作るためには、まず構成を書く必要がある。「構成表」には様々なタイプがあるが、NHKの場合は全体の意味の流れ、映像の流れ、音声の流れ、取材先や撮影方法、時間経過などの要素が分かるように表にまとめ、スタッフに分かりやすく作るように指導している。ディレクターによっては、非常に細かく構成表を書く人もいるし、大まかな流れを書き、現場で肉付けをしていくタイプの人もいる。いずれにしても構成表は、現場にカメラを持っていき、どのような状況で何をどうとるのかの設計図なので、「取材」と濃密に関連したものといえる。構成表は、現場で使えなければ意味がない。制作スタッフの意思を統一して、番組という編み物をありあげるための、具体的な道しるべである。コレが混乱していると、何をしているのかが分からなくなり、あとで大変な状況になるのである。その責任は、番組を企画したプロデューサーにあり、直接には、その任を受けて制作に当たるディレクターにあるのである。

  構成を作るときに重要なのは、「問題意識で構成する」ということ。濃密な取材に基づくことは当然だが、優れた取材を可能にするのは、深い問題意識だ。そのテーマの何にどう切り込みたいのか、どこに疑問を感じるのか、一体何を知り、描きたいのかということは、制作者の脳の中にイメージとして生まれる。自分は今何のために取材しているのかという「旗印」こそ、問題意識だ。だから、構成表は、基本的にま問題意識で構成していくべきだと私は思う。科学番組を作るとき、新人のディレクターが持ってくる構成表を読んで、がっかりすることがある。色々取材をして、分かったことだけを並べて構成してくるからだ。たとえが「脳」のように未知のものが多い素材の場合、分かったことだけを並べても構成される線が細く、貧弱な番組になってしまう。脳にはなぞが多いが、その背後にあるミステリーや感動、驚期こそ重要であって、科学で分かったことはその一部に過ぎない。大きなナゾがあり、何故だろうと肉薄し、依然としてなぞで終わっても、そのプロセスがかもし出す迫力やにおいは、視聴者を魅了するだろう。わからなければ「まだ分からない」といえばいいのだ。問題意識で構成し、あらゆる手段を駆使して取材し、どこまで到達できるかが勝負である。構成表は、その航海をするための海図だといえる。

(4)  取材する(ロケする)

  さて、構成表も完成し、いよいよロケが始まる。ロケと取材は密接に関連している。ロケを率いるディレクターは、ロケする前に濃密に取材し、どこにどのような人がいて、何があり、何が面白いのか、何が面白くなりそうかを熟知していなければならない(いなければ再び大混乱)。私はプロデューサー時代に、よくディレクターに「もしカビの番組を作るなら、日本で一番かびのことを知り、愛しているディレクターになりなさい。」といっていた。そのためには、まず日本一のかびの権威に会い、かびについての知識を徹底的に吸収し、かびとそれを取り巻く全体状況を的確に把握しておく必要がある。このような取材が基礎になって、はじめてきちんとした構成表が出来、ロケに及ぶことになる。

  しかし、やってみると、実際はそんなに甘いものではない。きちんとできたはずの構成表を持ってロケにいっても、思うとおりに事は進まない。インタビューひとつとっても、自分がひきだしたいことを、相手が言ってくれるとは限らない。無理やり言ってもらっても、その人の目は死んでおり、言葉は平坦で、とても使うことは出来ない。「現実が反逆する」という言葉があるが、取材者とは、現実と常に戦っている人のことなのだ。取材やロケをする人間が、現実と向き合い、正しい化学反応を起こしてはじめて、魅力的な番組に繋がる。構成表は、いくら良くかけていても、現実に通用しなければ意味がない。ただの絵空事になる。したがって、現実と構成にずれが生じた場合、構成が悪いということになり、現実の状況に合わせて構成を変えなければならないことになる。わたしも新人時代には、宿に帰って頭を抱え、先輩カメラマンの指導を受けながら、何度も徹夜で構成を立て直したことがある。構成を立て直し、ロケにいき、うまくいかなければ、また構成を立て直す。その果てしない繰り返しの中で、社会を見る目、人間を見る目、交渉力、そして構成力が鍛えられていく。「想い」がなければたしかに番組は作れない。しかし「思い込み」は番組つくりの大敵。番組制作者は、その意味では、自分の理念と現実のハザマで格闘し、ある世界に到達しようとする登山家に似ているかもしれない。

  ではロケのときの具体的な方法論を列挙してみる。

(A)映像は「写す」のはなく「撮れ」!

カメラでロケをするとき、被写体の何を撮影するのかをイメージし、主体的に情報を切り出していかなければならない。カメラは回せば確かに写っているが、何を撮ろうとしているかが重要。今撮影している映像が、何を伝えるために撮影されているのか。そのためのカメラポジションやレンズ、距離、サイズ、パンのスピードなどなどは、伝えようとしている趣旨にしたがって連動しているか。ジャーナリズムでよく言われることだが、「客観的情報」などは存在せず、「主観的情報」しか存在していない。どのようなニュースを選び、いつどのようにアクセスし、どのような人物や自称と接触して、どのように取材するか、またその事実をどのような映像とコメントで伝えるのかは、全て主観によるものである。ジャーナリストはその宿命を知った上で、自分の認識や思想を研ぎ澄まし、多面的視点を失わず、果てしない精神的闘争の中でメッセージを伝えなければならない。そのように思うとき、カメラがどのような意志で何を撮ろうとしているかは、映像メディアとしてのテレビにおいては、決定的に重要な要素となる。

(B)「一転突破全面展開」の映像とは何かを考えよう

私は、ひとつの番組が名作になるかどうかの分岐点は、取られた映像の中に、全体のコンセプトを凝縮したシーンやカットがあるかどうかということだと思っている。名作と呼ばれる映画を語るとき、論理展開や全体のつながりよりも、映画の中の山場や、忘れられないシーン、言葉を語ることが多い。「あそこで主人公がこんな表情で、こんな一言を言うんだよね。」とか「あのシーンは最高だった」とか、映画の一部分が、鮮明によみがえってくる。要するにそのシーンや言葉は、映画全体のコンセプトを凝縮したシンボル的存在であり、高く美しい山の頂のような存在といえる。ロケをするとき、そのようなシンボル的シーンに遭遇することがある。遭遇するというよりも、ディレクターたちの努力で、そのシーンに巡り合っているのかもしれないが、いずれにしてもその瞬間を見逃さず、きちんとカメラに収める事が重要といえる。そのシーンこそ番組のコア素材であり、その一点を通じて、番組のドアが開き、より広く深いメッセージに展開していく、「宝物」なのである。

(C)撮影しながら編集する

ややテクニカルな話になるが、キャリアの少ない人は、ロケで映像を撮影するとき、この映像は番組のどの部分で、どのように使われるのかを、考えながら撮影すべきである。そうすれば、番組の部分と全体が把握でき、よりレベルの高い取材力を育てることが出来る。勿論、カメラマンとしてのレベルが上がると、そのようなことを考えなくても優れたロケを展開できるようになるし、むしろ現実との格闘こそ重要で、編集を考えるのが邪魔になる場合が出てくるが、初心者がそこから入ってはならない。長いキャリアで培われた能力に基づいて、自由自在に優れた映像を撮影するのと、未熟に、勝手放題に撮影するのは、根本的に違うことである。

(5)  編集する

  さて、取材、ロケも終わり、いよいよ自分の取材映像と対面するときが来る。それが編集だ。上記に「編集しながら撮影する」と書いたが、実はそれは、後の編集の苦しみを減らすための方便に過ぎない。ロケの本質は自分のイメージと現実のハザマでの、血みどろとも言える格闘で、レベルが高いロケになればなるほど「編集しながらロケをする」と悠長なことは言っていられない。いられないというよりも現実のすごさの前で、そんな暇がないといったほうがあっているかもしれない。

  自分が撮影した映像を見ると、ロケの前に描いた自分のイメージの貧困さや、取材対象の前で振舞う自分の未熟さ、それに圧倒されてうろたえる自分の頼りなさ、そして意外とダメだと思ったカットが、光彩を放っている場合がある。変種はこのように、今までの自分と決別して、新しい制作者の目で番組に関わる時間とも言える。

  テレビの場合、変種は映像のつながりを決めていく作業で、このよしあしで、今までの全ての努力が報われたり、台無しになるほどの重要な仕事だ。わたしも、天才的な編集マンと一緒に仕事をさせてもらったとき、映像を繋ぐという行為が、時空を超えて、世界を創造するほどの仕事だと気づき、そのすごさに驚くことが何回もあった。

  さて、編集をするとき、番組を構成するさまざまな要素のぶつかり合いに気づく。それは、編集が映像の流れを作ることであり、コメントは言葉という方法論、そしてシナリオ(構成)は、全体の意味の流れを作ることであるため、方向性が矛盾したり、衝突する場合があるからだ。実はコレがテレビ番組つくりの真骨頂で、その複合的な意味の流れを束ねて、あわよくばもうひとつ上の次元に引き上げていくのがディレクターの仕事なのである。このとき、自分が、扱っているテーマをどこまで理解し、自分のものにし、なおかつ社会や歴史と連動させて理解しているかが問われる。大げさに言えば、ディレクターの「人間力」が決め手となるともいえる。いずれにしてもそのような苦闘の中で、目の前の映像と向き合い、繋いでいかなければならない。身もだえするほど苦しく、また生きている実感を感じる充実した時間だと思う。

(6)  ポスプロをする

  編集が終わると、とりあえず番組のアウトラインが決まる。そのときディレクターの脳には、映像に伴ってどのような音声や音楽がつき、どのような意味合いのコメントが付き、どのような字幕が出ているかのイメージが決まっていなければならない。そのイメージにしたがって、ポスプロといわれる作業にうつる。ポスプロは、映像のつなぎをデジタル技術でワイプしたり合成したり、スーパーインポーズの文字を動かしたりデザインして出したりする、いわば番組のお化粧のような作業。美的センスが問われるとともに、番組の雰囲気を膨らます大切なプロセスといえる。

(7)  コメントを書く

  ドキュメンタリーなどの構成物の場合、アナウンサーなどでコメントを入れる作業に移る。コメントはNHKの場合、ディレクターが書く。コメントは、日記や、小説、評論などの文章は、言葉のみの世界なので、言葉を自由に飛翔させ、自分のイメージを言葉を使って構築していくが、番組のコメントの場合は、映像とくみあわせて情報を伝える性格を持つため、書き方が違ってくる。例えば映像にりんごが写っているとき、「コレはりんごです」とコメントしても意味がない。コメントは、ながれている映像の背後にある意味を補強したり、わざと別の意味のメッセージを出すことで、番組全体に深みを与えていく。

  テレビの場合、マスコミでもあるので、難しい言葉を余り多くは使わない。「視点は深く、表現は易しく」が基本。このことも本当に実践するのは至難の業で、コメントを書いてみると、いかに自分が月並みで、言葉の意味も理解せず、空虚な言葉を作り出しているかがわかる。「視点は浅く、表現は難解に」という最悪の事態にならないように、気をつけなければならない。

(8)  完パケする

  ドキュメンタリーのような構成物の場合、上記のさまざまな要素を束ね、一本の番組にすることで終了する(完パケ)。ディレクターは、再び全体の目を持ちつつ、そのバランスを調整し、番組が作品としての調和を持っているか品質管理をする必要がある。結局のところ、ディレクターは番組つくりの全てのプロセスに関わり、それに責任を持つ立場。作品がよければほめられ、悪ければけなされるのは、ほかならぬディレクターなのである。

(9)  オンエアー(キャスターとしてコメントする)

  構成物と違って生放送(やスタジオ番組)の場合は、スタジオでキャスターや出演者がスタジオを仕切り、進行して番組制作が終了する。NHKの看板アナウンサーだった山川静夫さんは、私たちスタッフに良く、「伝えるのではなく伝わることが大切だ」といっていた。「伝える」という言葉にな、何かしら傲慢な思い上がりの雰囲気がある。「伝わる」には、届けようとするメッセージ以外の伝達者の息遣いや、周囲のにおいが感じられる。テレビを見ている人はそれを敏感に嗅ぎ取り、番組の意図やコンセプトを理解するというのだ。

  私的な体験談になって恐縮だが、私は以前、皆既日食の生放送のリポートのために、硫黄島から放送を出したことがある。硫黄島はいまだに1万体もの遺骨が見つからないまま埋もれ、あちこちに生々しい戦闘のあとが残る壮絶な島。何の因果か、日本での皆既日食のベストポイントが硫黄島だと分かり、構成、演出、解説、交渉が出来る人間(つまり年を取ったテレビマン)が必要というので、私がやることになった。海岸線に沈没した船が何隻も見える場所で、皆既日食が起きた。私は、今までテレビなどで、日食の様子は見たことがあったが、実際に見ると全く違う雰囲気。太陽が欠けていくにつれ、周囲の温度、海や空、雲の色合い、風の強さ、生き物の気配などが同時に変化していく、大スペクタルとも言える世界だった。私は一応解説委員なので、皆既日食の現象の解説をしなければならないのだが、余りにすごいので、遂に「ほおお」とか「わああ」とかという言葉しか出なくなった。情けない話だが、私の言葉は現実に押しつぶされ、うろたえ、立ち尽くす姿のみが中継された。失意の中東京に帰って、さぞや起られると思いきや、あのシーンが一番良かった戸のお褒めの言葉。私は複雑な気持でそれを聞いたが、テレビというのは、きれいな言葉を待っているのではなく、画面に出ている出演者、撮影しているカメラマン、音声を拾っている音声マンの全体から、何らかのメッセージを感じ取っているのだなあと、痛感した。「伝えるのではなく伝わる」事が大切だ。全くその通りなのかもしれない。

  先輩から受け継いだ名言集

私は今までテレビ作りをする中、先輩から様々なことを教わった。また、取材先の先生からも、はっとするような言葉を聞くこともある。それらの一部を書き出してみる。

☆「芝居を見に行く電車に乗ったとき観劇は始まっている」

  芝居好きな先輩が「芝居、特に遠方で行われる芝居を見る為に、延々と電車に乗って移動していくが、そのとき既に舞台は始まっている」と言っていた。ある舞台のシーンを想像しながら、電車の外の風景を眺めていると、流れていく家々の景色や、木々の色、あるときは粉雪の白さも、これから始まる物語と融合して、自分の脳内にイメージを結び始める。そもそも舞台を見たいと思い、その思いを抱きながら電車に乗っている自分の心情そのものが、舞台の一部と言えるのかもしれない。テーマパークのメインの部屋の手前の待ち合い空間(ホアイエ)も同じ。そこで体験する物事が、実はメインイベントの前哨戦になっているわけだ。プロデュースとは、最終的に行われるメインイベントの演出のみではなく、そこに至る時間や空間の流れ、メインイベント後の状況も含めて考える総合的な作業だといえる。

  番組をつくる場合も同じで、目的にする取材やロケの前後を含めて捉える目を養わなければならない。私の授業の中でも、それを感じさせることがよくあった。授業の内容は、まず数人のチームを作り、「これが国立天文台だ」というテーマで、限られた時間でデジカメで写真を撮影し、取材し、構成してみんなの前でプレゼンするというものだったが、チームによってはやりかたが千差万別。最初の役割分担で揉めるところもあれば、役割も決めず外に飛び出していくチーム、打ち合わせに半分もの時間を使うチームなど様々だった。もちろん、最終的によいソフトが出来ればどの方法でもいいのだが、一連の制作プロセスの段取りをうまくきめられないチームは、だいたい混乱し、取材が滞り、結局プレゼンに間に合わない(放送では放送事故になる)という傾向があった。番組作りのときは、まず全体の段取りを決め、最適なスケジュールをつくることが基本といえる。全体の体制や役割分担、スケジュールの善し悪しが、コンテンツの質を決めてしまうのは、あらゆる仕事と共通しているが、番組作りは、ある種混乱した状況の中で、時間との競争をしながら進めていく分、その傾向が大きくなっていく。

「人間は最大の情報源」

  私の授業では、取材方法はどのようにしても良いと決めてスタートした。これまたいろいろな取材の仕方があった。天文台のパンフレットから情報をとる人、構内を散策して気になったものを直感的に撮影していく人、一直線に資料館に飛び込む人、インターネットで検索する人など様々なやり方で挑戦していた。その中で印象的な手法をとったチームがあった。

  それは入り口の「守衛さんの目を通してみた国立天文台」という手法だった。このやり方はうまい。守衛さんは、どのような先生が構内で何をしたり、どのような人が訪問したり、トラブルが起きたり、地域とのつながりがあったりするか、天文台を斜めから見た情報をふんだんに持っている。(もちろんこの守衛さんがキャリアがあり、長い時間天文台を見つめ続けていることが前提だが)。「守衛さん」という船の視点から取材をすることで、番組を構成する手法が一つ成立するわけだ。実際に、この手法が成功したかどうかは別として、このように取材の「切り口」を設定するのも秘訣の一つである。「人間こそ最大の情報源」ということを覚えておこう。

「植物学者は必ずしも”名園“をつくれず」

  私がNHKに入局したとき、ある報道番組の看板プロデューサーに「番組作りの秘訣」を質問したことがある。答えは、「高度な平凡性を持つ」ということだった。彼によると、ジャーナリストの最大の的は「知ったかぶり」で、取材している対象について知っている勘違いをするということ。人から聞いた2次情報を信じたり、事前に読んだ本の情報の色眼鏡でインタビューしたり、自分の豊かな?教養に溺れて、よく知っているという勘違いをすることが最も危険だというのだ。

  番組をつくるとき、それについて膨大な情報を持っていることが絶対条件だと思っている人が居るが、それは間違いだ。情報は確かに重要だが、最も重要なのは、その情報をどの方向に、どのようにまとめていくか、どのような問題意識に基づいて、どのような手法で表現していくかといった、制作者の信念や教養、世界観、そして感性だといえる。情報は専門家に取材すれば手に入れることが出来るが、どのような番組をなぜ今、どのようにつくらなければならないかは、プロデューサーの心の中にあるということを忘れてはならない。

「百聞は一見にしかず」

  NHKJAXAと共同して、月探査機かぐやに取り付けたハイビジョンカメラで、月面の映像を撮影したとき、ある著名な天文学者が「映像に映っているものは全て知っていましたが、見てびっくりしました」という名言を吐いた。私はこれを聞いたとき本当に嬉しかった。その先生は、月についてのあらゆる知識を持っていたのに、なぜそんなことを言ったのだろうか?「映像の力」がそれをいわせたのではないだろうか。月面について言葉で表現された諸々の知識以外に、高画質の動画が伝える世界には、月面の光の具合や影の変化、クレーターの配置が織りなす独特の質感があり、それが先生の心の底に、強く迫ったのではなかろうか。人間の意識は巨大な無意識で支えられているが、無意識に直接語りかけていく、もう一つのメッセージがあるのにちがいない。

  人間のコミュニケーションには「バーバル」と「ノンバーバル」があるが、映像の世界は後者に密接に関係している。両者の世界を融合できることが、プロデューサーにとって大切なことだともいえる。

「視点を変えると違う世界が見える」

  書店にいくと、様々な世界地図が置かれているが、地図から発見することは多い。私達がよく見る地図は、日本が中心にあり、太平洋が世界を分断している地図だが、欧米の地図は大西洋中心で、欧州とアメリカの関係がよくわかる。日本はといえばアジアの東の端にあり、「極東」という言葉がよく理解できる。北極上空から見た世界地図では、北極海がアメリカ、欧州、アジアの中心にある内海だとわかる。このように、視点を変えると違う情報が見えてくるというのは重要なことだ。

  ある民放のニュース番組のプロデューサーが「ニュースとは何か」という文章で次のようなことを言っている。「村に最も高い塔が出来たことをニュースにするとき、どのように撮影するか。凡庸な記者は、村の家屋からカメラをパンさせ、にょきっとそびえ立つ塔を撮影し、「高さ」とか「今後の役割」とかのコメントを乗せるだろう。しかしそれでは不十分だ。大切なことは、村で最も高い位置から見ると、どういう風景が広がっているか、その新しい認識の世界を伝えることこそが重要なのだ」。このように、あるニュースが作り出す価値に気づき、それを見つけ出していくこともプロデュース的発想といえるのではないだろうか。

「ヒトばかり見ているとヒトがわからなくなる」(旭山動物園小菅元園長)

  旭山動物園の小菅元園長は、動物園でいろいろなことを見聞きしてきて、複眼的な視点が重要だと力説している。人間は人口爆発で、人間しか居ない空間に暮らしていることが多いが、人間しか見ていない暮らしからは、「いのち」についての感受性が育ちにくい。日本について理解する為には、海外に行ってみるとよいのと同じように、「人間」を理解する為には、人間以外の生物を観察するのが一番だ。このことばは、現代文明にまみれた、私たち全員に、大切なメッセージを伝えていると思う。

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