日記・コラム・つぶやき

NHKの立花隆のドキュメンタリーを見た。2022.12.31

NHKの立花隆のドキュメンタリーを見た。懐かしい顔と声。知的好奇心に従って生きる人だった。NHKの理事が表敬訪問を望んでも「そんな無駄な時間はない」と一蹴した。しかしまだ新人に近いディレクターの私が「高野山で空海に迫る取材をします」と言ったら、一升瓶を2本抱えてやってきた。夜の酒宴。こんな有名なジャーナリストが僕の前にいる!びっくりした。地位や権力に関係なく行動する人だった。突然「室山君は攻めには強いが守りに弱い」といわれ、ぎょっとしたこともある。渋谷の店で、深夜3時ころまで、映像と文字をめぐって議論したこともある。あの素晴らしい人はもういない。きっと、数えきれない多くの人が、立花さんに影響を受け、それぞれの記憶を思い出しているのだろう。小さな存在のぼくだが、ぼくなりにしっかり生きていこうと改めて思った。

| | コメント (1)

「原爆が分けた人生の光と影」2022.8.6

77年前、私の父は朝8時過ぎに広島駅に着く列車に、友人達と乗っていたはずだった。ところが朝、突然の腹痛で、母親は、列車に乗るのを強く止めた。友人たちは、そのまま列車に乗り、全員死んだ。父は、自分だけ生き延びたことを恥じ、贖罪の気持ちから、時々、小さかった私たち子どもを、原爆資料館に連れて行き、その話をした。子供心に恐ろしい風景が胸に刺さった。その後、成長した私はNHKに入り、広島転勤となった。そこで南方特別留学生のドキュメンタリーを作った。東南アジアから集められた要人の子弟が、広島で被爆し、非業の死を遂げた物語。死ぬべき父が生き残り、その結果この世に生を受けた息子が、広島にいるはずもなかったのに、被爆して死んでいった人々の番組を作った。不思議な因縁。ヒロシマは今も、私の心に複雑な影を落としている。

| | コメント (0)

沖縄の思い出2022.5.14

今から46年前、大学生の私は沖縄への旅に出た。道路工事でためたわずかなお金で、1か月の貧乏一人旅だった。旅の終わり、沖縄本島にたどり着いた私は、あまりの空腹と喉の渇きで、サトウキビ畑に侵入し、盗み食いをした。突然後ろから大きな手が私の肩を捕まえ「何をしている?」と問うてきた。畑の持ち主だった。「もう倒れるので1本頂いてます」と答え、さらに一本引き抜いて、目前でバリバリと食べた。私の顔をじっと見た後、「こっちへ来い」大柄なその人は私の手を引き、畑の外へ連れ出した。ああ、警察に連れて行かれるんかな?と思った矢先、「お前の体は臭い。俺の家に泊まってふろに入れ」と信じられない言葉。そののち、私に夕食をふるまい、次の日に朝食まで食べさせてくれた。私は何度もお辞儀し、その家を去った。東京に帰ってお礼の手紙を書いた。やがて私はNHKに入局し、そのことも報告した。とても喜んでいただいたその方は、すでにこの世にはいない。あの恩を忘れることはない。

| | コメント (0)

ウクライナ戦争での情報操作について2022.4.8

ロシアの行為を「戦争犯罪だ」と糾弾するウクライナ。「すべてウクライナ側の捏造だ」だと?堂々反論するロシア(驚くべき厚顔?)。いずれにしても、大ウソをついている国がある。そしてその国は、今後、世界の信用を大きく失い、歴史の流れから転落していくのだろう。しかし、今も私の心は混乱する。現在進行中のこの状況の中の真実を、どう明らかにすればいいのだろう?正しい情報と、偽りの情報が交差する霧の中で、勇気ある多くのジャーナリストの報道をつないで、真実の方向性を感じ取っていくしかないのか?あるいは、いずれ解明される?第三者機関の、検証を待つしかないのか?歴史の不条理と混濁。失望と落胆。人間とはなんと罪深い存在なのかとすら思えてくる。

| | コメント (0)

東日本大震災から11年2022.3.11

東日本大震災から11年。M9.0の観測史上最大の災害だった。プレート型地震は、プレートの接着部分(アスペリティ)がはがれて起きる。それまでは、過去200年ほどの観測データをもとに、どこのアスペリティがどのようにはがれ、地震を引き起こすかがある程度わかっていた。しかし今回、そのさらに遠くの沖合に、1000年単位ではがれる巨大なアスペリティがあり、それらが連動して起きた。未知のメカニズムに地震学者は驚愕し、自信を失った。自然の歴史に比べて、人類の歴史は短い。ことさら科学的知見はさらに短い期間に手に入ったもの。科学の未熟さといえばそれまでだが、私たちは、観測されていないものを、ないものと勘違いすることがある。「ない」のではなく「わかっていない」のだ。「ない」ことは証明できない。

| | コメント (2)

WFSJ Statement on the conflict in Ukraine2022.3.11

WFSJ Statement on the conflict in Ukraine

The World Federation of Science Journalists (WFSJ) is deeply concerned about the impact of the war in Ukraine on both science and those who report on and write about science. We fear for the physical safety of journalists, communicators and researchers, and their ability to fully engage with their work without threats of reprisal.

The WFSJ, which is a member of the United Nations Economic and Social Council, comprises 69 member associations across the world, representing more than 15,000 individual science journalists, writers and communicators. Many of them are from countries that have current or recent experience of war.

War is a violent disruption to peoples’ lives, and it obstructs the essential work of scientists and journalists. It impacts the quality of journalism and the safety of our members, who are key players in civil society and democracy. It disrupts the scientific research that is key to progress. It disrupts free communication, collaboration and access to data. It disrupts communication around science, essential information that citizens can use to make decisions about anything from technology to health.

In our current reality, war has interrupted global efforts to overcome the COVID-19 pandemic, as attention has swiveled from virus to war. After more than a week of military conflict and media restrictions, violence is escalating, media outlets are subject to censorship, and a humanitarian disaster is unfolding in front of us.

We support negotiations for peace, a peace that is just and fair and serves all human beings. We stand by the members of our community who continue to work in extremely difficult environments. We hope that international diplomatic efforts will soon result in a peace agreement, so the massive destruction can stop and the healing can begin.

 

| | コメント (0)

ロシアは野蛮な行為をすぐやめるべきだ2022.2.27

けだもののような欲望を理論や理屈で正当化し、野蛮な行為で人間の心をねじ伏せようとする信じられない光景。国の駆け引きで使われる「正義」の言葉の中で、今日も無辜の市民が苦しんでいる。このようなことが許されるはずがない。

| | コメント (0)

8月6日の記憶

76年前、私の父(故郷が岡山)は8時15分頃に広島駅に到着する汽車に、友人とともに乗ることになっていた。しかしその朝、腹痛があり母親に強く止められた。友人たちは汽車に乗り、原爆で死亡した。自分だけが生き延びた負い目からか、父は、子供のころの私を何度か?原爆資料館に連れて行った。資料館はこわかったが、それが私の子供心の原風景の一つとなった。大学を卒業したのちNHKに入局し、なんの運命かヒロシマ局に2年間勤務したことがある。多くの被爆者の方々から、様々な体験を聞いた。番組に出演したサハロフ博士のアドバイスが、僕をチェルノブイリに赴かせた。被ばくの荒野で、放射線被ばくには「体の被ばく」とともに「心の被ばく」があることを知った。今日はオリンピックのさなかの原爆の日。時が流れ、人々の記憶が薄れていく。

| | コメント (0)

立花さん、安らかにお眠りください。

立花隆さんが亡くなっていたとのニュース。愕然とした。このところ音信がないので、どうされているのかと思っていた。立花さんとはNHKスペシャル人体「脳と心」の時以来のお付き合いで、いくつも思い出がある。突然携帯に「タチバナです・・」と電話が来て、ぼそぼそと私に質問してきた。私が解説委員だったころ、テレビ出演した時は「今見ている。面白い」とメールをくださった。退職時も「これからは自由で面白いぞ」と激励してくださった。NHK理事が表敬訪問したいといった時は、忙しいからと断るくせに、若輩ディレクターだった私のロケ(高野山での空海の修行の脳科学実験)には一升瓶2本を携えてふらりとやってきた。権威ではなく、好奇心に導かれた人だった。明け方4時まで泥酔し、文字と映像のパワーについて激論したこともある。私にとって、いや多くのジャーナリストにとって、頼りになる兄貴だった。顎に手を添え、上目遣いで話しかけてくる、茶目っ気のある顔が瞼に浮かぶ。立花さん、お世話になりました。どうぞ安らかにお休みください。

| | コメント (0)

10年前、僕の心が変わった。2021.3.11

正直言って、10年前まで、 新宿のネオン街で飲んでいるとき、電気が福島から送られてきているという意識はなかった。知識はあったが実感がなかった。お金さえ払えば、電気はどこからか届くもの。「私電気使う人。あなた電気作る人」・・そんな精神構造だった。しかし、あの事故で考えが変わった。わずか一か所の出来事が、日本全体をマヒさせる状況の異常さ。大量生産、大量消費の社会モデルの暗くて深い落とし穴。災害が起きても持ちこたえる、しぶとい社会とはどんな社会なのだろう?多様な要素で支えられ、人間の絆で裏打ちされているような地域の在り方を、もっと考えなくてはならない。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧