日記・コラム・つぶやき

安野さん、安らかにお眠りください。

安野光雅さんが亡くなった。NHKスペシャル人体「脳と心」の時、アドバイザーとしてずいぶんお世話になった。笑顔が素敵な、才能あふれる巨人だった。乳離れ直後の次男のことを年賀状に書いたことがある。もう大きいのだから、おっぱいを飲むのはやめなさいと諭したら「もちゅだて(持つだけ)」とせがんできた。その文章を読んだ安野さんは、「気持ちがわかる。感動した」と返事をしてきた。我が家の中にやさしい空気が流れた。愛に満ちた人だった。安野さん、安らかにお眠りください。

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阪神・淡路大震災26年

阪神・淡路大震災から26年。早朝、Nスペ班の同僚から突然の電話。「ムロちゃん、すぐテレビをつけろ!」画面には黒い煙が数か所から上がるヘリ映像が流れていた。最初はぴんと来なかった。しかし時間が過ぎるにつれて、ただ事ではないことがわかった。NHKに出社し、クローズアップ現代のチームを集めた。3週間前に起きた三陸はるか沖地震を取材しているチームにも電話し、そのまま神戸に向かえと指示した。青森県では、建築基準法改正前の住宅が倒壊しており、その問題をクロ現で警告するはずだった。しかし放送は中止となった。同じことが神戸で大規模に起きていたからだ。神戸には陸路では行けず、船をチャーターして海から上陸した。NHKではじめて大量の携帯電話を使用した。私はNスぺの統括プロデューサーとなり、現地から3日後の放送の臨んだ。下着も持たず、1か月間大阪局の廊下で睡眠をとった。自然災害の恐ろしさ。あの日のことは忘れない。

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謹賀新年2021元旦

あけましておめでとうございます。コロナ禍の不安の中の船出ですが、今年一年が平穏な年となりますように。皆様のご健康とご多幸を心からお祈りします。

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日本学術会議問題。2020.10.9

日本学術会議問題。現状での考察。

推薦された新会員の「任命なし」の理由を説明せずにいることは、関係者に対する脅しと同じ。いらぬ詮索と忖度をもたらし、結局は、自由な精神活動を委縮させることにつながる。また論点が、学術会議の是非にスライドしていることに危惧を感じる。

そもそも学術は、自由な精神のもと「知の探究」を通じて、未来を創造する作業。その絶え間ない努力によって、今日の人類文明も形造られてきた。

当然、政治は学問と一定の距離を置き、学問の自由を守る必要がある。

今後、文明の状況がどのように地殻変動を起こすかわからない。

短絡的な価値判断によって、長期的な人類の知的活動を阻害するのは、愚かな態度といえる。政府には今回の判断を改め、善処することを求めたい。

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第19期 科学ジャーナリスト塾 塾生の募集を開始しました!

第19期 科学ジャーナリスト塾 塾生の募集を開始しました
2020年7月20日 第19期 科学ジャーナリスト塾 塾生の募集を開始しました は お知らせ, 塾
【オンライン開催】コミュニケーションの極意を学ぼう!!~プロのジャーナリストが文章やプレゼンを指南~

「自分の考えがまとまらない」「人にうまく情報を伝えられない」あなたはそんな悩みをお持ちではありませんか?日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)では、情報を伝えるために必要な「企画力」「取材力」「構成力」「表現力」をプロから学ぶ「科学ジャーナリスト塾」を開講します。講師陣は、著名なジャーナリストやプロデューサーばかり!長年の活動で身に着けた「取材」「表現」の極意を、オンライン講座であなたに伝授します。さあ、一緒に始めましょう。

■塾の内容

 科学的思考は、物事の本質を見抜き、分析し、整理し、組み立てる、普遍的な技術です。 それは、政治、経済、文化などあらゆることにも通じます。科学ジャーナリスト塾では、プロのジャーナリストやプロデューサーや編集者を講師として招き、「企画の立て方」「取材の仕方やまとめ方」「文章やプレゼンの仕方」などを総合的に学びながら、オンライン取材も行い、コミュニケーション力を身につけていただきます。

 学習の集大成として「作品(記事かPPTプレゼン)」つくりにも挑戦し、最終的に発表していただきます。テーマは、基本的に自由です。塾が準備したオンライン取材をもとに設定することも可能です。完成作品は、JASTJのHPや会報でも紹介する予定です。

※今年は新型コロナウイルス対策として、会議システム(ZOOM)を使用して行います。参加者には使用方法などを事前にお伝えします。(当日参加できなかった人には録画視聴できるようにします)
※ 昨年の塾の活動の様子は以下のホームページで見ることができます。https://jastj.jp/tcsj/
※ 塾の修了者のコメントも見ることができます。https://jastj.jp/tcsj/graduates/

■期間
2020年9 月3 日(木)にスタート。原則第1、第3木曜日の午後7 時~9 時、2月の修了時まで計10 回
(状況に応じて変則スケジュールあり)。

■場所
各自自宅などから参加。

■スケジュール(予定)

2020年

① 9/3 (木)ガイダンス(内城、瀧澤、柏野、事務関係者ほか)
② 9/17 (木)講義1「テーマの立て方」(軍司)
③10/1 (木)講義2「塾生:作品発表①」(作品提出+アドバイス)(室山、内城)
④10/15(木)講義3「文章の書き方、伝え方+一部作品アドバイス」(高橋、内城)
⑤11/5 (木)講義4「映像のつくり方、伝え方」(小林)
⑥11/19(木)講義5「本の作り方」(瀧澤+倉田)
⑦ 12/3 (木)講義6「Web ジャーナリズム+フリーランスの心得」(亀松)

2021年

⑧ 1/14(木)作品発表(文章)+指導(高橋、内城、添削協力理事)
⑨ 1/28(木)作品発表(プレゼン)+指導(室山、瀧澤ほか)
⑩ 2/4 (木)修了式+大質問大会(講師全員+JASTJ 理事+塾OB)

⑪ WEB 発 表

■講師紹介

内城喜貴(JASTJ 副会長、共同通信社客員論説委員、JST 主任調査員)
室山哲也(JASTJ 会長、元NHK 科学番組プロデューサー+解説主幹)
瀧澤美奈子(JASTJ 副会長、サイエンスライター)
軍司達男(元NHK エンタープライズ社長、NHK スペシャルプロデューサー)
高橋真理子(JASTJ 副会長、朝日新聞科学コーディネーター)
小林隆司(元NHK ためしてがってんディレクター、物質・材料研究機構広報室長)
倉田卓史(講談社ブルーバックス編集者)
亀松太郎(関西大学特任教授、あしたメディア研究会)

■取材先(2~3回予定)

オンラインでの取材を計画

■塾受講料

15000 円/10 回(JASTJ会員(2020 年7 月末時点)、賛助会員は7000 円/10 回、学割7000 円)

※部分参加はありません。
※PC 環境などは各自のものを使用。

■塾への申し込み方法

希望者は、氏名、所属(または職業)、住所、連絡方法、メール、電話番号のほか、参加の動機(400 字程度)を書いて、申し込みフォーム(https://forms.gle/ufqT8oyfCcZyas9D6 )からお申込みください。

※申し込みは8月15 日まで。ただし、人数が定員(約20 人)に達した時点で締め切り、10 人に達しない場合は開催しないこととします。手続きについては受付後に連絡します。
※受講料は8月25 日までにお支払いいただきます。

■アドバイザー(五十音順)

縣秀彦(国立天文台天文情報センター普及室長)、鴨志田公男(筑波大教授、元毎日新聞論説委 員)、小出重幸(JASTJ 理事、元読売新聞編集委員)、佐藤年緒(JASTJ 理事、元時事通信編集委員)、武部俊一(科学ジャーナリスト、元朝日新聞科学部長)ほか

■事務局スタッフ・サポーター

内城喜貴(塾長)、瀧澤美奈子(副塾長)、室山哲也(塾顧問)、柏野裕美(JASTJ 副会長、元塾生)、都丸亜希子(JASTJ 理事、元塾生)、早野富美(JASTJ 理事、元塾生)、今野公美子(朝日小学生・中学生新聞、元塾生)、富樫一夫(元塾生・17 期)、藤田豊(元塾生・15/16 期) 他

■事務局
日本科学技術ジャーナリスト会議
〒100-0011 東京都千代田区内幸町2-2-1日本プレスセンタービル8階848室
メール hello@jastj.jp ホームページ www.jastj.jp

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木村花さん自殺 ネット中傷の背後にあるもの 2020.5.30

木村花さん自殺 ネット中傷の背後にあるもの 2020.5.30



https://www.youtube.com/watch?v=LuPJzj8p8Rk&t=38s

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「李紗に教えてもらったこと」(NHK解説委員 室山哲也2010.3)2020.5.23

「李紗に教えてもらったこと」(NHK解説委員 室山哲也)2010.1.3

  • 娘が発達障害とわかったとき

李紗が発達障害(自閉症)とわかったのは、2歳のころでした。わたしはNHK東京から広島局に異動し、3年間の忙しいローカル勤務が始まったころでした。李紗は赤ちゃんのころから泣くことも少なく、手のかからない子だなあと感心していたのですが、2歳になったころ、なぜか、後ろから呼びかけても振り向かない、大きな音がしても振り向かない傾向がありました。「耳が悪いのではないか」と広島大学病院で診察しても、耳に異常はなく、脳にも異常は見つかりませんでした。けれどもやっぱり何かおかしいと、市の児童相談所に相談に行き、1年間通所して、自閉的傾向があるのではと告げられる経緯をたどりました。私と妻のショックは大きく、何日もふさぎ込む日が続きました。「なぜ李紗がそんな病気にならなければならないのか?」「なぜ我が家でこのようなことが起きるのか?」心の中で何度自問したことでしょうか。私はそのころ、NHKスペシャル「脅威の小宇宙人体~脳と心」という番組を担当し、脳の専門家の先生とはずいぶんお付き合いをしていたのですが、結果的に、娘の自閉症を見抜くことすらできなかった無力感に駆られ、悩む日が続きました。私はテレビディレクターという仕事をしていたため、ほとんど早い時間に帰宅することが出来ず、妻はますます孤立し、焦りばかりが先行する日々となったのです。「李紗をこれからどのように育てていけばいいのか」。一生懸命李紗に話しかけたり、抱きしめたりしましたが、今となれば、その対応は、自閉症のことをきちんと理解していない、間違った対応でした。私たちは「自閉が脳由来の障害だ」ということをきちんと理解できず、医療や教育で、何とか「治る」ものだと信じていたのです。その結果、李紗のアイコンタクトはほとんどみられず、関係を作り上げることが出来ない状況が続いていたのです。

 

  • 最初のボタンを李紗がはめる

むさぼるように読んでいた本の中に、次のような一節がありました。

「自閉だとわかったとき、親は驚き、あせり、状況を変えようと、子供に激しく干渉するが、それは間違っている。状況を受容し、子供と同じ空間と時間を共有する、ゆったりとした状況からはじめなければならない」。

書かれていることは、当時の私たちにはとても難しいことでしたが、わらをもつかむ気持ちで試すことにしました。

私は畳の上で遊んでいる李紗の横に寝そべり、一日中本を読むことにしました。二日目も、三日目も同じように、そこに寝そべり、ただ本を読みました。今までなら、僕のほうから一方的に、李紗に話しかけたり、体にさわったり、目を覗き込んだりするところですが、そこをぐっと我慢して、ただただ同じ空間を共有するだけに努めてみたのです。

ある日、李紗にわずかな変化があらわれました。遊んでいるおもちゃを僕のほうへ少し近づけ、知らぬ顔をして、別のおもちゃで遊び続けたのです。まるでそのおもちゃで遊びなさいというサインのように。。。

僕は、しばらくして、そのおもちゃを李紗のほうに少し押し返し、読書を続けてみました。するとしばらくして、李紗がそのおもちゃを、今度はもっと近くまで押し返してくるではありませんか。僕は高鳴る胸を押さえながら、しばらく時間を置き、それをさらに彼女に押し返してみました。

この奇妙なやりとりは何度か続き、おもちゃはそのたびにお互いのより近くを往復するようになって行きました。そして、最後に、李紗が僕の目をチラリと覗き込んだのです。「アイコンタクトだ!!」

僕は、そのときの、破裂する風船直前のような喜びを忘れることが出来ません。

その後、李紗の様子が変わりはじめ、時々僕の目を見るようになり、心のつながりが出来上がっていく実感をおぼえるようになりました。

この体験で、いったい僕は、何を学んだのでしょうか。

それは「最初のボタンを李紗がはめる」ということでした。

今までは、僕のほうから、強引に李紗に接近し、コミュニケーションの押し付けをやっていた。李紗はそれを嫌がり、逃げていた。しかし、最初のアクションを李紗がして、それに答えていくことを繰り返すことで、確かなやり取りが生まれていったのではないでしょうか。そしてそれをするためには、子供が出す、最初のわずかなサインを見逃さないことが、大切なのではないでしょうか。

このことは、一般社会にも通用します。

会社で仕事をするとき、部下の意見や発想を元に企画を育てていけば、部下のやる気や仕事への情熱はどんどん大きくなっていきます。押し付けの仕事は、どうしても限界があるように、「最初のボタンをその人がはめる」ということは、普遍的な人間関係の原則なのかもしれません。おかげで、僕は、仕事のときの部下との人間関係が劇的に良くなり、活力のあるチームを作り上げることが出来ました。

李紗が教えてくれたこの経験は、今でも僕の仕事や生活のバイブルなのです。

 

 

  • 一緒に幸せになる

いま、李紗は21歳になり、近くの作業所で働いています。妻は、時々、幼い自閉の子供を育てている若い母親の会に呼ばれ、子育ての秘訣について、体験談を話すようになりました。その内容の一部から、「二つの戒め」をご紹介しましょう。

まず大切なことは「親の虚栄心に気をつける」ということです。

当然ながら私たちの心の奥には、競争心や虚栄心があります。しかし、その気持ちは、時として、自分と仲間たちの関係を萎縮させ、可能性を奪っていきます。「あの子よりうちの子のほうが能力が高い。」とか、負けた勝ったという虚栄心が、際限のない競争を生み、足を引っ張り合う結果になっていることが少なくないのです。カメラをずっとズームバックしてみれば、「障害」がある人々が乗っている船は、粗末で小さく、荒れ狂う社会という海の中でもまれているのに、小さな船の中で争っている構図です。心の中の虚栄心が、いつの間にか、ともに前進していくことを阻んでしまっているのです。

もうひとつの大切なことは「一緒に幸せになる」ということです。

NHKの番組取材で、私は数多くの、障害と闘う家族を見てきました。どの家族もそれぞれの状況の中で奮闘を続け、それぞれの戦いを続けてはいるのですが、時々首をかしげる状況がありました。それは、「子供のためにすべてを犠牲にする」姿です。ある日見た家族は、子供を療育するために、仕事と住所を変え、ほとんどの財産をつぎ込みセラピーを続け、家族全員が心身ともにくたくたになっていました。その思想の根底には、「一刻も早く障害を治さなければならないならない」「正常に戻さなければ負けだ」という考えがありました。この気持ちは痛いほどわかります。しかし、「治る」という発想だけでは、発達障害の問題を解決できないことも明らかです。発達障害を個性のひとつととらえ、子供も親も、ともに成長していく態度がどうしても重要なのではないでしょうか。疲れたときはほかの人や施設の協力を仰ぎ、親の疲れを癒し、親も人生を楽しみ、子供とともに前進していく態度こそが必要なのです。「みんな一緒に幸せになる」。子供も、親も、兄弟も、友人も、社会もすべてが連動して、ともに成長し、人生を謳歌できる状況を作る必要があります。「みんな違ってみんな良い」ことを認め、その人らしく社会に貢献し、真の意味で助け合える社会にしていかなければなりません。

僕は、年をとるごとに、その思いがますます強くなっていくようです。

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多重人格者との契約書

多重人格者との契約書(2006.7.3

 

私は多重人格者と契約を結んだことがあります。

あの体験は私の人生の中で、もっとも複雑怪奇、奇妙奇天烈、出口混沌、暗中模索な体験でした。「契約」とか何か。そもそも「私」とは何か。私の心に深い思い出を残して、ここ10数年間、すっかり忘れておりました。

ところが最近、あることが原因で、その体験を思い出してしまったのです。

 

きっかけは、京都のATRという研究所に、取材に行ったことでした。

「じゃんけん必勝のロボット作ります!」

髪はぼさぼさ、少し太めで、どこか少年の面影を残した著名な脳科学者が、

押し殺した声で、僕にささやきました。

「へ?どういうこと?」

ぽかんと聞き返す僕を、少し愉快そうにのぞきこみながら、ATR脳情報研究所の神谷先生の説明が続きました。

「脳の活動を外から捉える技術が進んできたので、それを使って、対戦相手の脳を読みながらじゃんけんすれば、100100中、勝てるっちゅうことです」

どうだというかんじで、神谷先生は太ったおなかを突き出して胸を張りました。

 

少しユーモラスだけど、信じられないこの話は、「ブレイン・マシン・インターフェイス」という最先端の科学研究から生まれたものです。

「ブレイン・マシン・インターフェイス」とは、人間の脳とコンピュータ(マシン)を接続し、その人が考えている内容を外から読み取ったり、逆に、心で念じただけでロボットを動作させたりする、いわゆるサイボーグ技術を含む最先端のものです。

少しまえ、NHKスペシャルで、患者の脳内にチップを埋め込んで義手を動かすショッキングなシーンが紹介されましたが、神谷さんたちのグループは、それをさらに進め、fMRIを使って脳の外から脳の血流変化を捉え、解析することで、脳のイメージ通りにロボットの腕を動かすことに、世界で始めて成功したのです。

「じゃんけんロボット」はその文脈から出てきた研究です。

 

しくみはこうです。

私たちはじゃんけんをするとき、脳の運動野の指令で、体(手や指)を動かしています。この運動野の動きを、指が動く前に読めれば、じゃんけんの中身が分かり、勝つことが出来るというわけです。

さらに運動野は運動前野という「計画」を作る部分の指令で動くので、もし運動前野の信号を読めば、さらに早い段階で、じゃんけんが読めることになります。この話はいろんな意味で示唆的なものを含んでいます。

たとえば私がじゃんけんで「グー」を出すとき、私はどの段階で「グー」を出すことを決めているのでしょうか?運動野が「グー」を出せと指令を送るときは、私は「グー」を出すことを知っていると思いますが、運動前野の場合はどうでしょうか?さらに運動前野にどこかから(たとえば前頭前野)から指令がくるとき、どの段階で「グーを出す」意識が生まれているのでしょうか?

「グー」を出す意識は、あるとき突然表れるのでしょうか?あるいは、脳内の前兆活動の中で、グラジュエーションのようにじわじわと生まれてくるのでしょうか?

 

運動の場合はまだ単純ですが、もっと複雑な意思決定の時、自分の意思が生まれるプロセスはどうなっているのでしょうか?

意識の前の無意識のところでの脳の活動はどうなっているのでしょうか?

そしてもしそれらの動きを、この装置で読むことが出来たら・・・

ここまで考えて、私は、かつて取材で出会った多重人格者のことを思い出してしまったわけです。

 

10年ほど前、私がまだディレクターだった頃、アメリカのある病院を舞台に、多重人格者の番組を作ったことがあります。ペグとよばれる女性で、20以上の多重人格者でした。

普通、大型の科学番組をつくるとき、取材を始める前に「許諾書」を示し、サインしていただくのですが、どの人と契約を結べばいいのか、私はハタと立ち止まってしまいました。病院長に相談したところ、正式には全員ということになるが、実質上はそれは不可能だとのこと。ペグの中にいる色々な人格は、仲が極端に悪かったり、引っ込み思案な人がいて、そもそも会うこと自体ができないというのです。

「ペグ」は20数人の中の代表格の人格の名前で、私たちは大体「彼女」と交渉ごとをやっていたのです。

とりあえずペグに相談することにしました。

「私(ペグ)は取材に応じてもいいんだけど、この顔や体はほかの人のものでもあるので、相談したほうがいいかもしれないわね。」

「じゃ、みんなに話してくれる?」(私)

「ちょっと待っててね」(ペグ)

突然ガクッと体を傾け、はっとわれに返ったように話し始めるペグ。

「あの人はOKって言ってる。」(ペグ)

聞けば、心の向こう側の草むらのところに居合わせたほかの男性の人格に聞いてきたのだといいます。

わたしは理解不能で、頭がぐらぐらしてきましたが、さらに聞きました。

「ペグは何人くらいの人の合意を取れそう?」

「分からないけど10人ちょっとならいけると思うけど・・」

ということはそのほかの人格の了承をどう取るのであろうか?

「他の人たちはどうなるの?」

「私はあまり親しくないし、ほとんど出てこない人だから、全員は無理ね」

「どうしたらいいんだろう?」

「うーん・・・」

ペグは困った表情になり、しばしの沈黙。。。

「ま、しょうがないわね。何かあったら私が説得するから・・」

とこういう按配で、結局、可能な限りの数人分のサインをいただいてロケが始まりました。

この病院で、私はのべ十何時間も、多重人格の人たちと話し込むことになりました。

私は「多重人格」者と呼ばれる人に直接向かい合って、奇妙な感覚にとらわれました。目の前の人の脳の中に、何人もの人格がいる。それらの人々が次々と登場し、姿を消していく姿を見ていると、なんだか私の中にいる「何人もの人格」が呼応してうなりを上げ、表に出てくるような気がしたのです。

 

一体「私」とは何なのか。

一つの意思を決めて発言する、社会的は「私」は、本当の私自身(脳の中の人格)と同一か。

否、「私」の中には矛盾した何人もの人格がいて、いつもせめぎあい、闘争し、ついたり離れたりしながら、かろうじて「私」が作られているのではないでしょうか。

本当の私の姿は、矛盾に満ちた、整合性のない、とらえどころのないものなのではないでしょうか。

もし、脳科学の進歩でこの状況が読み取られると、一体どういうことになるのでしょうか。

「私」とはどの部分を指せばいいのでしょうか?

社会はどの私を信頼し、どの私に責任を負わせればいいのでしょうか。

そもそもそんなことがどこまで可能なのでしょうか。

どこまでそれをしてもいいのでしょうか。

社会的ルールはどうなるのでしょうか?

 

 

そいういうわけで、せっかく忘れていたあの感覚。

頭がくらくらするような感覚が、

最近、私の脳に、戻ってきているのです。

 

(私は専門家でないので、哲学的な言葉の定義がばらばらかもしれません。あしからず。)

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「田の神さあ」になった鳥集さん

「田の神さあ」になった鳥集さん2004年夏

 

鳥集さん。

あなたは僕の人生の先生そのものです。東京暮らしから宮崎勤務になり、傲慢で生意気盛りなディレクターだった僕を、まず、霧島山の見える田んぼに連れて行き、静かに「田の神様(たのかんさあ)」のことを教えてくださいました。

霧島の大地が「生命大循環」の中心にあること。人間はそこに生かされていること。生きるせつなさ。苦しさ。ありがたさ・・。そんな思いをこめて、南九州の農民たちは、山麓に点在する「たのかんさあ」を拝み、守り続けていること。

どの「たのかんさあ」も、ずんぐりとした体つきでお山にむかい、笑ったような顔をしていました。体中の細胞がゆるみ、心の底から安心感がこみ上げてくるような姿でした。

 

僕の心にざわざわと南九州の風が吹き抜けました。

 

夜になると、焼酎の飲み方を夜明けまで教わり、南九州の芸能の素晴らしさの講釈。いつしか三味や太鼓で、歌い、踊り、歌い。。。永遠に続くかと想われる時間の中で、世の中にこんな楽しいことがあったのかと圧倒され、桃源郷をさまよう僕でした。

 

ある日、荒武たみさんという女性を紹介してくださいました。北の長岡ごぜに対して、南には薩摩ごぜと呼ばれる人々がいて、たみさんが最後の薩摩ごぜ。霧島山麓を舞台に、ごったんという不思議な楽器を操って、不思議な歌を歌う女性。僕は彼女のとりこになり、何本も番組を作りました。お世話になりすぎて、たみさんは、「独身の僕を養子に迎え、針で眼をつぶして座頭として育てたい」と申し出てきました。困る僕の顔を見て、鳥集さんは傍らでうれしそうに笑っていました。

 

どんなに貧しくても苦しくても、土地に住む神々を祈りぬき、笑いを持って歌い飛ばす南九州の芸能のたくましさ。

 

たみさんと鳥集さんと僕は、何日も何回も霧島山麓を旅して映像を撮る作業を続けました。行く先々のあらゆる自然。小川のせせらぎ、葉の裏側、路傍の小石、洞窟の中のコケ。風の中にすら、神様が住んでいるような気がしました。

 

ぼくは、「神は細部に宿るのだ」と実感しました。

 

眼を閉じれば、霧島山麓という巨大な風土の中を、小さな三人の影が移動していく様子が、見えてきます。鳥集さんの歌声が聞こえてきます。

はんやぶし、やっさぶし・・・。独特の南九州の抑揚。リズム。

 

あれから20数年。

見よう見まねで僕も覚え、東京に来たのちも、みんなの前で歌いました。いただいたごったんの腕はおちたけれど、あの歌を歌うと鳥集さんとたみさんが、いっしょに歌ってくれているような気がします。

 

思い出せば出すほど、胸の中に涙が海のようにたまり、悲しみが増します。

 

でもぼくは、今でも霧島山麓を歩けば、ここそこに鳥集さんが住んでいて、笑いかけてくるような気がするのです。

 

 

NHK解説委員 室山哲也(昭和51-56年 NHK宮崎放送局勤務)

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私の父の室山貴義について2020.5.19

室山貴義は私の父。倉敷の町並み保存は日本のさきがけの一つだが、文化を基調とした地方自治に尽力した。2年前88歳で死去。多くのことを教えてくれた人生の先輩です。

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