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2022年10月

「人体拡張時代の光と影」2022.10.3

パラリンピックが面白い。

そこには、今までにはない、未来の競技大会の姿がある。私は、活躍する選手たちの姿を見ていて、人間の進化の可能性すら感じる。

たとえば、両足義足のスプリンターが、100メートルを10秒台で走ったり、走り幅跳びで8メートルを越えたり、驚くべき記録が出ているが、このままいくと、いつか、オリンピック選手の記録を大幅に上回り、「超人スポーツ」大会になっていくのではないかとさえ思う。

もともとパラリンピックは、戦争で障害を負った人のリハビリとして始まった。そして、スポーツに触れ、強靭で、前向きな精神を育てることが目的だった。彼らは、生活の場では、義手や義足などを使って、身体の不自由さを補い、市民として生活できる努力を続けてきたのだ。

ところがその後、テクノロジーの進歩で、状況が一変した。身体の不自由を補完するどころか、一部では、本来の肉体の能力を超えるものが現れはじめたのだ。そしてそれらの技術は、コンピューター技術と融合して、広く一般人にも適用され、人体そのものの能力を、大きく拡張する可能性を示し始めた。「人間拡張工学」という新しい学問があるが、今後、サイボーグ技術は、大きく成長する局面に入ったと言える。

しかし、この輝かしい発展とともに、漠然とした不安も感じる。

私は、障害がある方が、これらの技術を使って、もともと持っていた体の機能を回復することには何の依存もない。

しかし、健康体の人が、肉体の能力を拡大していく時、何らかの生物的影響はないのだろうかが心配になる。

特に脳への影響だ。私たちの脳には、人体地図が埋め込まれている。そして、目や耳、手や足の感覚の重要性によって、脳内の領野の形と大きさが決まっている。「座って半畳、寝て一畳」といわれるように、私たちの体はもともと小さく虚弱で、傷つきやすい。脳は、その体の特性を十分知っていて、それに対応した脳内人体地図を用意している。ところが、例えば、拡張技術によって、本来の肉体の能力を超えた速さで動く手足を手に入れたり、宇宙の果てまで見える目を手に入れたり、100万馬力の破壊力のこぶしを手に入れたとき、脳はそれに呼応した、別の姿に変化するのではないだろうか?

脳には可塑性があり、外部からの入力刺激で、構造が変化することが知られている。以前、私は、著名な脳科学者の、霊長類を使った実験を取材したことがある。指先からの入力刺激の程度を変えるだけで、脳内の領野が大きくなったり小さくなったりする結果を見て驚いた。マージャンの達人は、指先だけで、パイの形を見分けることが出来るが、そのような人は、指先に対応する、脳内領野が変化している可能性がある。

これらの研究を見ていると、テクノロジーで肉体の能力が拡大されることによって、脳が変化していくことが十分に予想される。

その時、私達の脳は、本来のつつましい存在から、傲慢な存在に変貌してはいないだろうか?私は、あれこれ、心配しすぎなのかもしれない

人体拡張技術に大きな可能性があることは間違いない。しかし、その可能性を信じつつも、光に対する影の部分への意識もまた、心にとめておく必要があるように思う。

室山哲也(日本科学技術ジャーナリスト会議JASTJ会長)

(日刊自動車新聞2022.10.3掲載)

 

 

 

 

 

 

 

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