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2022年1月

「自動運転と私たちの暮らし」2022.1.31

最近「自動運転」のニュースが目立つようになってきました。自動運転には大きなメリットがあります。たとえば、現在の交通事故の97%がドライバーの運転ミスですが、自動運転になれば事故が大幅に減ると言われています。また、渋滞が減るので、エネルギー問題や環境問題の解消にもつながるし、過疎地では、お年寄りを運んでくれる、頼もしい味方ともなります。

CASE」という言葉をご存じでしょうか?C(コネクテッド:通信でつながる車)、A(オートノマス:自動化)、S(シェアリング&サービス)、E(エレクトリック:電動化)を略した言葉です。

自動車は今、大きな革命期に入っており、自動運転は、ほかのテクノロジーの要素と絡み合いながら、社会に大きな変化を引き起こします。

車が、動くスマホのようになって社会とつながり、電気で走ることで気候変動を解決し、シェアカーの増加で、マイカーが減り、駐車場がなくなるので、町の様子が大きく変わります。「自動運転」を取り巻く影響は、単なる交通のみでなく、一種の社会革命をもたらすのです。

しかし、一方で、いくつもの課題があることもわかってきました。

自動運転のレベルは現在5つに分かれます。自動車はハンドルで左右に動き、アクセルやブレーキで縦方向に動いたり止まったりしますが、この縦、横の動きを、どの程度自動化しているかでレベルが決まります。

レベル1は、上記の動きの一つを自動化しているもの(自動追尾や自動ブレーキなど)。レベル2は上記の二つを自動化しているもの(車線を変えて追い越すなど)です。レベル12の車は、すでに多く市販されており、自動運転というよりも、むしろ「運転支援技術」といったほうがいいかもしれません。

その場合、運転主体はドライバーですから、事故責任は当然ドライバーが負います。

さて、問題はここからです。

レベル3以降は、運転主体はシステム(AI)です。レベル3はレベル2をさらに高度化したもので、高速道路などでは、ドライバーの監視下で、AIが自動運転を行います(万一の時はドライバーが運転をする)。レベル4は、一定の条件、例えば走行場所や時間、速度制限などの条件を守れば、AIが無人運転をすることができます(過疎地の無人バスなど)。そしてレベル5は、どこにでも無制限に行ける完全自動運転で、このレベルになると、もはや乗る人に運転免許は必要ありません。

ここまで説明すると、自動運転開発は、順風満帆で、実現はもはや時間の問題という印象を受けるかもしれません。しかし、技術が進化する一方、車(技術)と人間との関係について課題が見えてきました。

たとえば「法律上の問題」があります。

一つ例に挙げると、システムが自動運転をしている時に起きた事故責任は、誰がとるのかという問題です。自動車を製造したメーカーでしょうか?あるいは、車を所有しているドライバーでしょうか?

また、走行中の道路の表示が消えていたり、ゴミで表示が見えないために発生した事故は、誰の責任になるのでしょうか?事故原因のケースを想定すればするほど、責任の主体が増え、議論が複雑になっていく傾向があることがわかってきました。今後は、法律の整備が急がれます。

これらの課題の背景には「AIと人間の関係」という問題が横たわっています。

自動運転車はいつでも法律を守ります。法定速度40キロなら、絶対に速度オーバーはしません。すべての車が自動運転なら、おそらく交通は整然としており、事故も激減することでしょう。

しかし、人間のドライバーと混在したとき、問題が起きる可能性があります。

人間は時として、気まぐれで、予想外の行動をとるからです。また、時には法律を破ってでも、歩行者の命や安全を守ろうとする行動に出ます。

人間の意識やコミュニケーションは複雑です。

たとえば対向車がライトを点滅した時、その状況や回数に応じて意味が変わります。人間は、直観と、阿吽の呼吸でコミュニケーションをとります。

自動運転車のAIは、これらのあいまいな人間のコミュニケーションを、どこまで理解できるでしょうか?

これらのことを考えると、今後の自動運転の技術開発は、単に技術のみではなく、人間の心理や行動を、さらに理解したうえで、総合的に進める必要があるように思えます。

 

と、いろいろ課題を並べましたが、自動運転社会への動きは止まることはないでしょう。これから必要なことは、私たち市民がその状況に目を向け、社会の中で自動運転を育てていく意識が大切であることはだけは確かだと思います。

室山哲也(日本科学技術ジャーナリスト会議会長)

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「どうつくる?持続可能社会~新型コロナとSDGs」2022.1.30

オックスフォード大学が、2015年に発表した「人類滅亡12のシナリオ」というレポートがあります。もし、人類が滅亡するとしたら、どのようなプロセスをたどるかという報告です。内容をみると、「気候変動」「核戦争」「生態系の崩壊」「グローバル経済での格差拡大による国際システムの崩壊」「巨大隕石衝突」「大規模火山噴火」「バイオハザード」「ナノテクによる小型核兵器開発」「人工知能」「超汚染物質や宇宙人の襲来などの未知の出来事」「政治の失敗」と続きますが、3番目に「パンデミック(新興感染症)」があげられています。

実は、世界を混乱させている「新型コロナウイルス」も、この新興感染症の一つ。人間活動が活発化し、自然環境の奥深くに侵入することで、人間が免疫をもたない「未知のウイルス」に感染し、現代社会の活発な交通網に乗って、瞬く間に世界中に拡大するのです。

ウイルスの変異のスピードは活発で、世界各地で違ったタイプのウイルスが現れます。そのため、先進国だけが対策をしても、対応が難しい開発途上国で変異が繰り返され、感染力や毒性が強いウイルスが現れ、先進国に再流入するため、このゲームは終わりません。「新型コロナ」は、人類全体で取り組まなければ解決しない点で、まさにSDGsのテーマの一つといえます。

SDGsは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称で、「エスディジーズ」と読みます。2015年の国連サミットで、加盟193か国が採択し、「環境問題」「貧困」「紛争」「格差」「健康問題」など17の目標を定め、2030年までに解決しようというものです。一見ばらばらの目標に見えますが、これらは根底で関連しあい、人類の未来を左右する重要な課題となっています。

SDGsが注目される背景に、何があるのでしょうか?

私が最も重要と考えるものに「環境問題」があります。

エコロジカルフットプリントという指標でみると、人類は、すでに地球1.7個分の生活をしており、もし全員が、今の文明のパターンのまま、日本人の水準の生活をすると、地球が2.8個、アメリカ人の水準の生活をすると、5個必要になります(2014年データ)。

しかし、地球は1個しかありません。このままでは、地球環境は疲弊し、資源は消耗し、私たち人間は、持続可能な生活を続けることはできません。

私たちは今後、地球1個分の生活をしながら、しかも豊かで幸福に暮らす方法を見つける必要があるのです。

ではどうすればいいのでしょうか?

エネルギーの面から考えてみましょう。

私たち人類は、今まで、石油や石炭などの化石エネルギーに頼りすぎ、気候変動などの深刻な環境問題を招いてきました。今後は、地球に負荷をかけない、「脱炭素エネルギー」が必要です。

その一つとして注目されているものが「再生可能エネルギー」です。

再生可能エネルギーは「太陽光」「風力」「地熱」「バイオマス」「海流」など、自然の力によって生み出されます。実は日本は、この再生可能エネルギーの宝庫なのです。

日本は陸域面積では世界61位の小さな島国ですが、排他的経済水域を合わせると、世界6位の海洋大国です。深い海が多く、容積では4位。そこに世界最強ともいえる黒潮が流れています。地熱エネルギーは世界3位、バイオマスを生み出す森林率も、先進国で3位。そして、日本全域に太陽光線が降り注ぎ、強い風が吹いている地域も多くあります。

このように、日本は、「自然エネルギー王国」であり、今後はこの自然エネルギーを、さらに生かしていく必要があります。

もう一つ、日本の強みとして「科学技術力」があります。

自然エネルギーと科学技術力をかけ合わせれば、大きな未来が生まれます。

政府が2020年に発表したグリーン成長戦略は、再生可能エネルギーを核とした成長戦略を目指しています。

たとえば海洋に洋上風力発電を建設する構想。海に浮かべるタイプの洋上風力発電には、日本の造船技術が使えます。また風力発電の羽根のまわりに「風レンズ」と呼ばれる輪を付けると、発電量が増加する研究もあります。さらに、火力発電所のCO2で海藻を育て、食料とエネルギーに転換したり、CO2を吸収するコンクリートなど、ユニークな研究が次々と生まれています。

SDGsは各国の個性を組み合わせ、人類全体で達成すべき目標です。

日本も、日本人が培ってきた知恵を組み合わせ、この人類の難局を切り抜けていく先頭グループで、活動を続けるべきではないでしょうか。

室山哲也(日本科学技術ジャーナリスト会議会長)

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「DXにどう向き合うか?」2022.1.7

授業中の大学生に、「もしスマホがないとどうなる?」と尋ねたら、「生きていけない」という答えが返ってきました。どうやらデジタル技術は、単なる便利という状態を超え、もはや私たちの生活全般に影響を与えているようです。

DX(デジタルトランスフォーメーション)も、単なる業務のIT化を指すのではなく、ICTIoTAIなどを複合的に組み合わせて、産業構造や社会構造を、根本から変えてしまう要素を含んでいます。

GAFAのひとつのアマゾンは、ネット通販を進化させることで、世界各国に物流革命を起こし、映画館などのエンターテインメントビジネスを変容させ、消費者の意識と行動を一変させました。

また、使用されている「レコメンド機能」は、消費者の嗜好を把握し、商品を推薦してくれる便利なものである一方、私たちの潜在意識にまで入り込む点で、情報社会や文化といった、人間社会そのものに、大きな影響を与える可能性も持っています。

この意味で、DXは人類社会を真に豊かにする一方、進め方によっては社会的問題につながる側面もあります。今後は、社会と調和させながら、健全に育てていく必要があります。

しかし、日本社会のDXは、世界の先進国に比べて、一歩遅れを取っています。

経済産業省は「2025年の崖」という言葉を使って、日本の企業や社会は、古い経営感覚や社会通念を脱ぎ捨て、ICT社会に、正しく適応する必要がある。もしDXを行わないと、経済的には、2025年から年間で、現在の約3倍、最大12兆円の損失が生まれるだろうと報告しています。

日本は、今後、DXにどのように向き合っていけばいいのでしょうか?

ある研究者は、日本のAI研究は、先進国から2周遅れだと言います。

そういう状況の中で、日本は、「ソサエティ5.0」構想を掲げ、フィジカル空間とサイバー空間を、ビッグデータとAIを活用しつなぐことで、様々な日本の価値が融合した未来社会をつくろうとしています。その中に、ロボット技術とAIを連動させる計画もあります。

ロボット産業は日本が世界に誇る分野です。世界を席巻した産業ロボットはもちろん、ヒューマノイドや自動運転でも、日本は世界の先頭を走っています。

AIそのものの開発では遅れても、ロボットにAIが搭載される「ものつくり」とITが交差するIoT時代は、日本の起死回生のチャンスとなるかもしれません。

いまも続くコロナ禍は、皮肉なことに、社会のデジタル化を一気に加速し、テレワーク、遠隔医療、人工衛星による遠隔無人工事、スマート農業、ドローン宅配など、DXにむけた新しい生活様式を生み出し始めています。

その中で、最近注目されている「テレイグジスタンスロボット」技術をご紹介しましょう。これは離れたところのロボットと、操作する人が連動する技術です。

まず操作者は、センサーを通じて、ロボットの視覚や感覚を共有し、ロボットが体験していることを、あたかも自分が体験したように感じることができます。また、自分の体を使って、ロボットを自分の体のように操ることもできます。いわゆる「分身ロボット」の状態です。

この技術を使えば、人間が行くことができない災害現場や、海の底、宇宙空間、ミクロの世界でも、どこでも行って作業をすることができます。また、離れたところに住む年老いた両親の介護を、自分の分身として、ロボットにさせることも可能です。すでに都内では、体が動かない重い障害の人が、テレイグジスタンスロボットを使ってサービスする喫茶店も現れています。

このような試みも、今後日本が挑戦できる分野の一つといえるかもしれません。

とはいえ、DXを自分の会社や組織でどのように進めるのかは、むつかしい問題です。私は、取材していて、「AIを導入してDXをやる」ことのみが先行して、社内が混乱している社長さんを時々見かけます。当然なことですが、AIICTを導入すれば、そのまま、課題が解決するのではありません。その会社にどのような課題があり、どのような戦略で解決するのかといった、構造的な認識と問題意識があり、それとAIが結びつかないと、前進できないのです。その意味で、DXは単なる概念であり、魔法の杖ではありません。

まず自分の足元を見つめ、課題が何か?どうなりたいのか?というイメージをしっかりと持ち、DXに向き合っていくこと。そしてDXの中心には、常に人間がいることが必要です。その時初めて、真の意味でDXが花開くのではないでしょうか。

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あけましておめでとうございます。

2022年元旦

2年にわたるコロナ禍は、社会を大きく変え、自分の人生について考えなおす契機ともなりました。「災い転じて福となす」ということわざを思い出し、未来へのグランドデザインを描き直すチャンスなのかもしれません。

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