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「原爆が分けた人生の光と影」2020.8.6

75年前、私の父は朝8時過ぎに広島駅に着く列車に、友人達と乗っていたはずだった。ところが朝、突然の腹痛で、母親は、列車に乗るのを強く止めた。友人たちは、そのまま列車に乗り、全員死んだ。父は、自分だけ生き延びたことを恥じ、贖罪の気持ちから、時々、小さかった私たち子どもを、原爆資料館に連れて行き、その話をした。子供心に恐ろしい風景が胸に刺さった。その後、成長した私はNHKに入り、広島転勤となった。そこで南方特別留学生のドキュメンタリーを作った。東南アジアから集められた要人の子弟が、広島で被爆し、非業の死を遂げた物語。死ぬべき父が生き残り、その結果この世に生を受けた息子が、いなくてもいいのに被爆して死んでいった人々の番組を作った。不思議な因縁。ヒロシマは今も、私の心に複雑な影を落としている。

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