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硫黄島に原初の皆既日食を見た 2009.7.22

 

今日、太平洋戦争の激戦地、硫黄島の皆既日食中継から帰ってきた。硫黄島は、今なお各所に戦車や大砲の残骸、壕が残り、1万人以上の遺骨が眠るすさまじい島。栗林中将の執務室のある壕にも入った。身を狭めても通れない程の穴が地下に向かって延び、次第に蒸し暑さが増し、もう地上に戻れないのではないかと恐怖感すら覚える。言い古された言葉だがまさに地獄。よくぞこんなところに潜み戦ったものだ。
何の因縁か、その硫黄島が今回の皆既日食観測のベスト地点とわかり、国立天文台のチームのお世話になりつつ、自衛隊機で島に向かい、生中継にのぞむことになった。NHKスタッフは僕を入れてわずかに4人。重量や人数制限でこの数に絞り込んだのだが、通常あり得ないわずかな人数。装置とスタッフの不足で、東京からの映像の送り返しも見えず、コーディネーションの声も聞き取りにくい環境での中継だった。そして空からは突如スコールが降り、生放送の直前でも避難せざるを得ない、今まで体験したことにないきびしい状況となった。僕たちはずぶぬれになりながら、雲の合間にやっと皆既日食を目撃できた。
皆既日食の光景はすばらしいものだった。今までテレビで見たことはあったが、現場で見るとまるで違った。しかも今となると、中継環境の悪さが逆に幸いだったとすら思える。それは、結局、現場で「生皆既日食」を見続けることができたのは、僕だけだったからだ。カメラマンはカメラのファインダー越しの日食しか見ない(それが仕事)。天文台の先生方もモニターや太陽が送ってくるスペクトラム分析のモニターは凝視するが、「生日食」は見ない。僕のようなリポーターも普通は、太陽の話になるときはモニターを見ながら話すのだが、送り返し映像を見ることが出来ないので、僕はそのすべてのプロセスを肉眼で見届けることになった。テレビを見た人の中には、僕のコメントと太陽の画像がシンクロしていないことに気づいたヒトもいるだろうが、それはそういう理由からだった。
それにしても、肉眼で見る皆既日食はすごかった。太陽のドラマチックな変化とともに、周囲360度の状況が同時に変化するのだ。「日食は目で見るものではなく、体全体で感じるもの」と言ったヒトがいたが、まさにその通りだと思った。
息をのむような天体ショーの最中も、硫黄島は静かだった。皆既日食では、普通人間の集団から歓声や拍手が起こり、ざわめきに包まれるものだが、硫黄島で聞こえたものは、波の音だけ。硫黄島の前回の皆既日食は850年前。人も住まず、鳥と小さな昆虫しかすまない硫黄島上空を、きっと皆既日食は、このように、音もなく、悠然と通り過ぎていったのに違いない。
僕は偶然にも、硫黄島に「原初の皆既日食」を見る、おそらく初めてのテレビマンとなった。

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