« 異文化衝突の青春 | トップページ | 自動車安全技術シンポジウムで司会をしました2019.10.29 »

「どうせ死ぬのにどうして生きてるの?」

室山哲也:昔の作文図書館
 
「どうせ死ぬのにどうして生きてるの?」
 
子供を育てていると教えられることが多い。ずいぶん前、まだ3人の子供が幼かった頃、我が家のペットのウサギ(フラッフィー・ボナパルト・ムロヤマ)が突然死する事故が起きた。予想外の暑い夏が続き、熱中症で、見ている前で息を引き取った。世話係の長男は大変なショックを受け、自分を責め、何日か話をしなくなった。数日後、少し元気になった彼が、思いつめた顔で、私に質問してきた。「生き物はみんな死ぬのか?」私はその質問に少し驚いたが次のように答えた。「生き物はみんな死ぬ(正確には死のプログラムは有性生殖の引き換えだという説がある)。人間も全員死ぬ。キリスト様も、お釈迦様も死んだ。死亡率は100%だ。」「パパやママも、自分も死ぬのか?」(息子)「みんな死ぬ。生まれる前にいたところに戻るのだから、余り心配しなくてもいい」(私)。長男は少し考え込み、さらに質問してきた「どうせ死ぬのにどうして生きているの?」。
私はこの質問に絶句し、しばらく言葉が出なかったが、親の沽券もあり、次のように答えた。「大輔(長男)はお小遣いをもらっているね。どうせ使うのだから、もういらないよね?」あわてて長男は否定し、お小遣いは必要だと主張した。・・私は何とか苦境を切り抜け、長男の追及を逃れたが、実を言うと苦し紛れの回答だった。
この質問は、すごい質問だ。そうだよなあ。何でだろうなあ。生きるってどういうことなのかなあ。。そのあと少し考えてみたが、巨大で本質的すぎてとても分からない。正直言って、いまだに分からない。もう一度聞かれたらなんと答えればいいのだろうか。
私はNHK教育テレビで「科学大好き土よう塾」という、子供向けの科学番組を5年間やったが、子供の質問に窮したことは何度もある。「空はなぜ青い?」から始まって「地上には何故たくさんの生き物がいるのか?」「宇宙の果てはどうなっているのか?」など、私たちが子供の頃感じたのと同じ質問に出会う。しかし私たち大人は、そのような素朴な疑問や驚きを、いつしか忘れ、「分かった」ふりをして、その場をごまかし続けることが多い。青空や星空を見上げて感動したり、海の波の向こうに思いをめぐらす時間は、日常的にほとんどない。
私がNHKに入局したとき、報道番組の神様と呼ばれるプロデューサーに、番組つくりの秘訣を質問したことがある。答えは「高度な平凡性」というものだった。ジャーナリストの大敵は「分かったふり」。子供のような素朴な質問ほど、鋭く本質をえぐることを教えたかったのだろう。
子供から学ぶことは多い。私たちはどこまで「あの心」を思い出せるだろうか。心の曇りをもっと取り払わなければならない。
(NHK解説委員 室山哲也)

|

« 異文化衝突の青春 | トップページ | 自動車安全技術シンポジウムで司会をしました2019.10.29 »

執筆活動」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 異文化衝突の青春 | トップページ | 自動車安全技術シンポジウムで司会をしました2019.10.29 »