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時論公論「ロボコン30年 残したものは?」2017.12.5

 

「別に超有名人が出て歌ったり踊ったりするわけでもないのに、手作りロボットが動くだけでどうしてこんなにお客さんが入るのか?不思議ですねえ」

あるイベントの専門家が、当時ロボコンのプロデューサーをしていた私にそうつぶやきました。「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」。略して「ロボコン」。NHKがかかわるこの競技大会は、この30年で、国内外の多くのロボットコンテストに影響を与えながら成長し、先日記念すべき30回大会が行われました。

ことしのテーマは「大江戸ロボット忍法帳」。対戦チームが、2台ごとのロボットで、相手の風船を割りあい、すべて割れば勝ちとなります。巨大なムチのような腕で風船を割るもの、700発の小さな矢を同時に発射し、風船を割るものなど、奇想天外なアイデアが次々と繰り広げられ、会場は5時間の熱戦に包まれました。

今夜は、「ロボコンとは何か?」「ロボコンの成果」について考えてみます。

●ロボコンの源流は、30数年前の、日本とアメリカの大学の、ロボット工学の授業にさかのぼります。学生たちの「学ぶ意欲が薄い」ことを心配した教授が、共通の材料で、自由にロボットを作らせ、競技を通して、ものつくりの醍醐味を学ばせようとしたのです。

当時、この授業を始めた東京工業大学の森政弘さんは、学生たちの変化に驚きました。「自分の頭で考えて」「自分の手で作る」ことが、なぜこれほどまでに彼らを夢中にさせるのか。森さんは、無味乾燥とした教育に、感動を組み込むことこそ、創造性をはぐくむ近道だと気付いたといいます。この授業はやがて大学の名物授業となり、「ロボコン」というユニークなイベントに発展していったのです。

 

高専ロボコンは、この30年で、数々の名機を生み出しました。そして、国内大学生などによる「NHK学生ロボコン」を生み出し、その勝者が参加する、アジア太平洋20の国と地域による「ABUロボコン」、国内2500校が参加する「中学校ロボコン」などを生み出してきました。単純計算してみると、高専ロボコンだけでも、競技に出たチームはのべ3840チーム。競技参加者10数万人。イベントや放送を見た観客は、日本だけでも2億人を超えています。特にABUロボコンは、日本生まれのロボコンのノウハウがアジア太平洋各国に広がり、国内の産業を刺激し、技術立国を進める役割を果たすなど、高く評価されています。

 それにしても、ロボコンは、なぜ人々に支持されたのでしょうか?

学生たちや関係者が残した「名言」をもとに考えてみましょう。

 

まず「ロボコンに正解ナシ」という言葉です。

ロボコンにも、ルールがあります。しかし「してはいけない」ことが書かれているだけで、それ以外は、何をやってもよいのです。ロボコンは、確かに勝敗を競う競技大会ですが、正解とされるロボットの姿が決まっているわけではありません。○×式ではなく論述式。何を作ってもいいのです。

この作業は、実に人間的です。

例えば今注目されている人工知能は、限られた世界では有能ですが、「何でもあり」の未知の状況では、うまく機能できません。「正解がない」未知の状況の「創造力」こそ、人間に残された最後の砦です。「ロボコンに正解ナシ」。その言葉には、若者たちを熱狂させる魔力があるのかもしれません。

 

次に「材料に命を吹き込め」という言葉です。

ロボコンでは、「予算」や「材料」を厳しく制限して、ロボットを作ります。お金に物を言わせたロボットには、なんの意味もありません。ホースの出口を狭くすれば、水が遠くに飛ぶように、アイデアは制限された状況でこそ生まれます。だからこそ、ロボコンのタイトルの冒頭に「アイデア対決」という文字がついているのです。

 

私はロボコンを見るたびに、アメリカの宇宙船「アポロ13号」を思い出します。月探査の途上、爆発事故で、船内の酸素濃度や気温が下がり、二酸化炭素が増加し、乗組員の生命が危険にさらされた宇宙船です。乗組員は、生き延びるために、地上の管制塔と連携して、船内にわずかに残ったパイプや金属などの材料を組み合わせ、二酸化炭素を減らし、酸素を増やす装置を完成。見事生還しました。このアポロ13号。「限られた材料で問題を解決する」点で、どこかロボコンに似ています。また、地球温暖化などの環境問題を、限られた資源とアイデアで解決しなければならない、世界の現状にも似ているように思います。未来を切り開く若者たちが、ロボコンを通じて問題解決の技術を体得することに、大きな意味があるのではないでしょうか。

 

3つ目は「モノつくりは人つくり」という言葉です。

「モノを作る」ということは、頭の中に浮かんだイメージを外に出し、ものと格闘して形にするということです。実際にモノをつくるとき、しばしば、設計図通りにはいかないことがあります。たとえば、鉄を曲げたくても、鉄が折れたり、鉄という素材はそのように変化できない場合、設計図が間違っているということになります。その場合は設計図を修正して、ものとの限りないすり合わせの中で、着地点を探していかなければなりません。

実は、このような光景は、かつて日本の下町の工場でよく見られました。ある熟練工のところに、大学出のエリートが設計図を持って現れます。熟練工は「この設計図では機械は動かない。少しアソビが必要だ」といいます。エリートはプライドが傷つけられ「そんなことはない」と反論しますが、結局熟練工の意見が正しく、設計図は書き直されます。ものつくりの現場と設計図のせめぎあい。その緊張感の中で、お互いが磨かれ、高い品質の製品が作られていったのです。最近、コンピュータ技術の進展で、アナログ的な古いタイプのものつくりの意義が薄れてきたという意見があります。しかし、デジタル情報とモノが合体する「モノのインターネット」の出現で、再び、モノを扱う技術の重要性が注目されています。「モノつくりは人つくり」。ロボコンは、ものつくりの原体験を、学ぶ場でもあります。

 

さて、大人の立場から堅苦しい理屈を並べましたが、現場に行ってみると、学生たちはおおらかに、ロボット作りを楽しんでいます。最後に、学生たちが言い伝えた「名言」をご紹介しましょう。

「勝ったマシンにゃ力がある。負けたマシンにゃ夢がある」という言葉です。

ロボコンには優勝チームに与えられる賞とともに、「アイデア倒れ賞」や「ロボコン大賞」というのがあります。ただ勝てばいいというのではありません。たとえ勝つまでの力がなかったとしても、独創的で、のびやかなアイデアのチームには「アイデア倒れ賞」が与えられます。また「ロボコン大賞」は、優勝できなくても、アイデアとものつくりの可能性を最も秘めた、総合力のあるロボットに与えられます。勝負は可能性を引き出すきっかけに過ぎません。だから、ロボコン大賞の旗は、優勝旗よりも大きいのです。

 

作家の司馬遼太郎さんは、欧米の技術に追いつく時代の日本を、「坂の上の雲」を追いかける存在として描きました。しかし、日本が科学技術立国として成功し、欧米がつくりあげた「雲」に追いついた今、これからは、その先に続く「雲の上の坂」を登っていかなければなりません。私たちは、その坂の向こうの空に、世界に誇れる、日本らしい色と形の雲を、浮かべることができるでしょうか?創造性や独創性をつくる教育が、今ほど求められている時代はありません。31年目を迎えるロボコンとともに、若者たちの夢を、大人が一緒になって育てていく必要があるように思います。

 

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