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スペースシャトルが残したもの2012.1.19

30年前、初めてスペースシャトルを見たときの感動を、私はよく覚えています。それは今まで見たこともないデザインでした。アポロやソユーズのようなロケット型ではなく、曲線の多い白く美しいボディー。どことなくおっとりしていて、打ち上げの時は燃料タンクにしがみつき、なんだかすこしユーモラス。しかし、最先端の科学技術の粋を集め、轟音を上げて大量の荷物と人間を運び、自由に宇宙空間を往復し、地上に颯爽と滑空して帰る姿は「かっこいい!」の一言でした。シャトルはまさに人類の宇宙への夢を満載した科学のシンボルであり、若者たちの心のドアをノックしたヒーローだったのです。

偉業は数えきれません。

現在のところ、人類の宇宙飛行経験者は、のべ1176名ですが、シャトルは135回の打ち上げで、なんとその7割を運んでいます。16トンもの大型の荷物を搭載し、他の宇宙機では絶対できない、国際宇宙ステーションやハッブル宇宙望遠鏡の建設を可能にしたのもシャトルです。そのおかげで、私たちは、高度400キロからみた国境のない地球の姿を観察したり、星の始まりや終わりといった、息をのむほど美しい宇宙の姿を、目の当たりにできるようになったのです。また将来、必ず必要になる「往還機」技術(宇宙と地球を行き来する)を確立したことも見逃せない業績です。要するに、シャトルは、人類が宇宙に進出する、本格的な有人宇宙時代を切り開いた「立役者」なのです。

しかし一方で壮絶な戦いの歴史もありました。

コロンビア、チャレンジャーの2度にわたる悲劇は、宇宙事故の凄まじさ、宇宙空間の過酷さを見せつけました。宇宙飛行士や関係者の方のお話を聞くと、地上に帰還したシャトルのボディーは、帰還時の熱で焼け焦げていたり、宇宙に漂うチリ(宇宙ゴミ)が当たった跡が至る所にあり、その傷だらけの姿に驚くそうです。シャトルは、苛酷な宇宙と戦うための設計を数々試みていますが、実際に運用してみると、その弱点や盲点も分かり、熾烈な批判にさらされることもありました。しかし結局、その苦悩と紆余曲折を乗り越え、ミッション終了のゴールにたどり着いたわけです。

それにしても、なぜそこまでして、私たち人間は宇宙に行こうとするのでしょうか?

私は、遺伝子に刻み込まれた「冒険心」「探究心」がそうさせるのではないかと思います。著名な科学者に聞くと、哺乳類、例えばネズミなどは、子供のころ、母親を安全基地として育っていくが、時々離れた場所を探索行動するそうです。探索を通じて周囲の環境を知り、認識を広げ、そしてあわてて安全基地(母親)のところに帰る。それを繰り返して成長していきますが、大人になると、この行動は次第に消えていきます。

しかし人間は、どうしたことか大人になっても探索行動をやめない。その理由は、人間の場合、自分が属する集団や組織を「安全基地」として位置づけ、そこを拠点として探索行動を続けているのではないかというのです。人間はそのように、組織的にも冒険を続けながら、環境に対する認識を広げ、環境を作り替え、さらに安全基地を作って広げながら、果てしない冒険や探索を続けているのでないかというのです。

なるほどその考えに立てば、はるか昔、アフリカで誕生した人類が、二足歩行を始め、アフリカを旅立って、理屈に合わない奇妙な長旅をした謎も理解できます。そもそも人間は、氷河期なのになぜ寒い場所に北上していったのか?ベーリング海峡手前でスタンバイし、陸続きになるや北米にわたり、さらに南下して赤道を越え、南米南端まで移動するという、奇妙な行動をなぜとったのか?「人口増加で拡散した」というような説明だけでは、なにかしっくりとは理解できません。やはり、人間の本能「好奇心」や「冒険心」がそうさせたという側面があったのかもしれない。そしてその特徴は、現代人にも脈々と受け継がれているのかもしれないと思うのです。私たち人間は、進化の中で脳を巨大化させ、周囲の環境を理解し、人工環境(文明社会)を作り出して生き延びる生存戦略をとったわけですが、その根底には、新しいものに対する強烈な好奇心が横たわっているのではないでしょうか。そしてこの好奇心が消えるとき、人間の進化が止まる時なのかもしれないと、私は最近よく思うのです。

スペースシャトルが存在した背景には、当然、各国の国家戦略や軍事的、政治的思惑、経済的理由など、様々なものがあります。宇宙開発はまさに国家利益が衝突する現場であり、シャトルはその交差点にあった乗り物ともいえます。しかし人間という生物がこの素晴らしい乗り物を作り出した「壮大な物語」がその底に存在することも事実なのだと思います。

さて、これから宇宙開発、とりわけ日本の宇宙開発はどうなっていくのでしょうか?

実は日本にとってこの上ないチャンスがやってきています。日本は国際宇宙ステーションへの輸送機としてHTV「こうのとり」を開発していますが、シャトルなき後、巨大な荷物を宇宙ステーションに運べるのは、いまのところ、日本の「こうのとり」だけだからです。しかも今後、こうのとりの技術を発展させれば、ロシアのソユーズのように、人間を運ぶことも可能になるといいます。

その意味で、現在の日本は、世界から熱い視線で注目されています。そして、今後の日本の宇宙開発をどうするのか、その方向性を決める分岐点に差し掛かっているとも言えるのです。

スペースシャトルは、7人の日本人の宇宙飛行士を誕生させました。

彼らは、ときに長期間、国際宇宙ステーションに滞在し、宇宙空間での医学的影響や、様々な実験をこなし、宇宙がどのようなところなのか、膨大な情報を学習しました。この知識は、将来日本人が宇宙に進出するとき、私たちを背後からしっかりと支えてくれる、貴重なものとなるでしょう。

はたして私たち日本は、今後、シャトルが残した遺産を日本らしく発展させ、素晴らしい宇宙時代を切り開くことができるのでしょうか。そして私たちの国や世界を、人間が幸せで豊かに暮らす場に成長させることが出来るでしょうか。地球を宇宙的視野でとらえ、未来を切り開く英知を得るためにも、人間と宇宙のかかわりを、これからも考え続けていきたいものです。

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