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TVジャーナリストから見た原発事故災害2011.8.11


● 「日本で原発事故は起きない」と思っていた
・ 3月11日の東日本大震災で引き起こされた福島第一原発事故は、全く信じられない出来事だった。水素爆発で立ち上る煙、次々に悪化していく原発内部、そして広範囲にまきちらされていく放射性物質。テレビで見るどの光景も目を疑うものばかり。「まさかこんなことが日本で起きるとは!」。これが私の本心だった。
・ 今から25年前、チェルノブイリ原発事故が起きて後、私は、NHKスペシャルなどの取材で、のべ4回、放射能汚染地帯に入った。汚染地帯の暮らしは通算半年以上に及んだので、日本のジャーナリストの中でもチェルノブイリに多く入った一人だろう。しかし、実をいうと私は、現地でロケしながら次のように思っていた。「このひどい原発災害は、ソビエトという社会主義国家だから起きたのだ。事故が拡大した原因は、形骸化した政治体制が引き起こす、不十分な危機管理や情報の閉塞性のためだ。日本でこのような事故が起きるか?答えは否。日本の原発はタイプも違うし、設計もしっかりしている。日本のような科学技術のレベルも高い先進国で、このようなことは起きないはずだ」。チェルノブイリには、多くの日本人や世界各国のジャーナリストが入っていたが、多くの人々は、似たような気持ちだったのではなかろうかと想像する。チェルノブイリの惨状を目撃しつつ、意識のどこかに、「原発事故は社会主義が引き起こした」という不思議な安心感があったのではなかろうか。
・ しかし、その原発事故が、こともあろうに日本で起きた。しかもチェルノブイリと同じレベル7。放出された放射性物質の量は一ケタ少ないというが、10日で収束したチェルノブイリ事故と比べて、福島はいまだ事故が続いており、複数の原発で起きる事故の複雑さにおいては、人類史上初めての大災害である。福島原発事故は、チェルノブイリになかった、深刻な波紋を世界に広げている。一つは、原発事故が、先進国の日本で起きたという事実。高い技術レベルの日本で事故が起きたということは、世界のどの原発についても再チェックが必要だということを示している。二つ目は、今後の地球温暖化への取り組みに大きな影響を与える点。原発は、高濃度放射性物質の処理など、深刻で根本的な課題を抱えるにもかかわらず、温室効果ガスを出さないクリーンエネルギーとして、いつの間にか位置づけられ、今後のエネルギー源として不可欠とされてきた。またアジアなどで進行する爆発的な経済成長を支えるには、原発の巨大なエネルギーが必要で、今後の世界をけん引する重要な要素だと位置付けられてきた。そのような文脈で、福島第一原発事故が起きたことを思うと、その影響は、今後の世界に対して、大きなものになるだろうと予想される。

● チェルノブイリの混乱はなぜ起きたか
・ 福島原発事故ののち、日本では様々な混乱が、いまだに拡大を続けている。特に放射能汚染地帯からの避難の問題や、福島市や郡山市などの、比較的低い(?)汚染地帯の小学校や子供の生活を巡る混乱、セシウムによるお茶や肉牛の汚染など、波紋はむしろ広がり続け、社会的不安がますます増大している。これから何が起きるのか。チェルノブイリを振り返ることで、何か参考になることが言えるかもしれない。
・ チェルノブイリでの社会的混乱は、ひどいものだった。一言でいうと、その最大の原因は、放射能汚染についての情報不足と、政府への不信感だったといえる。チェルノブイリ事故後、原発から30キロの同心円内の住民は強制的に避難させられ、立ち入り禁止となったが、事故4年目、放出された放射性物質の多くが、30キロゾーンを大きく超え、ロシア、ベラルーシなどの広範な地域を汚染していることが分かり、社会的な大混乱を引き起こした。住民たちは高濃度汚染地帯に4年間も、何も知らされず住み続け、牛乳などを通じて放射性ヨウ素が子供の体に入り、甲状腺がんを引き起こす結果となってしまった。住民たちの政府不信はピークに達し、政府がいくら説明しても、納得できないまま、さらに混乱が広がっていった。それに加えて、政府と現地の行政組織の対立がおきた。当時ソビエトは崩壊のプロセスにあり、ペレストロイカやグラスノスチが進行中で、ウクライナやベラルーシでは、台頭する強い民族主義と原発事故が結び付き、中央政府と現地自治体の信頼関係が壊れ、情報が分断され、枯渇し、住民は放射能汚染の中に放置され、事態が深刻化していく構図となった。
・ これはあくまでチェルノブイリ事故の話であり、日本とイコールではない。しかしこう書いてみると、私は日本でも同じパターンのことが、いくつか起きているように思えて仕方がない。チェルノブイリの教訓を生かし、日本での社会的混乱が、一刻も早く収束することを願っている。

● 国家として反省すべき点とは
・ 今回の原発事故で明らかになったのは、日本政府の「リスク管理」のレベルの低さだ。その原因をたどっていくと、「日本では原発事故は起きない」という考え方に行きつく。東京電力や政府当局は、「原発には幾重もの安全システムがあり、あらゆる事態に対応しているため、事故は起きない」という前提で、住民説明やもろもろの対策を進めてきた。住民側もそれを受け入れ、政府や電力会社との間で、ある種の共同幻想が共有されてきた。その結果、「もし原発事故が起き、最悪の事態になったら」という具体的な準備が欠落し、現実に起きた事態に対応しきれず、事態が深刻化する結果になっていった。
・ 国家として反省すべき2つ目の点は、科学的事象の国民への説明の訓練がされていないということ。今回の事故後、保安院や東京電力の担当者が次々と現れ、国民やマスコミに向かって説明を試みたが、木を見て森を見ない説明が多く、国民が本当に知りたいことに答えることができなかった。このことが国民の混乱や不信を、さらに生み出す一因となったことは否めない。
・ 3つ目の反省点は、専門家の間での議論とコンセンサスの不足。事故による放射能(特に100ミリシーベルト以下の低線量被ばくや内部被ばく)が人体にどのような影響をもたらすかということについて、学説が分かれ、それらを乗り越える努力をしないまま、生の情報が国民に提供され(マスコミにも責任がある)、科学に対する不信と社会的混乱を増大させた。
・ 第4の反省点は、学校における「リスク教育」の不在。放射能だけでなく、環境ホルモンや電磁波など、現代社会にはリスクがあいまいで、将来に影響が出るかもしれない不安につながるものがあふれている。私たち市民は、これらのリスクを、科学的にどのように理解し、向き合うべきなのだろうか。その必要性が求められているにもかかわらず、今まで日本の学校では、そのようなリスク教育が行われてこなかった。いわゆる「風評被害」の原因にも、科学的思考に未熟な市民の存在が関係しているかもしれない。

● マスコミ人として反省すべき点は
・ まず感じたことは「専門記者」や「専門知識を持つディレクター」の圧倒的な不足ということである。特に原発や放射線などの、専門性の高い知識を持つ放送人は少なく、今回の事故に十分に対応できなかった傾向がある。背景には管理職などの総合職の評価(や給与)のほうが、専門職より高くなる日本の組織ジャーナリズムの特徴があるかもしれない。欧米では、50歳を過ぎても専門的知識で勝負するベテラン記者をよく見るが、日本の場合、後進にそれを譲り、いわゆるデスクやプロデューサー、部長、局長へと出世街道を登っていくことが一般的。ジェネラリストがスペシャリストより評価されている実態がある。このため、専門性と深い視点を兼ね備えるジャーナリストが育ちにくい。今後は、日本にも、もっと専門性を兼ね備えたジャーナリストを育てるシステムが必要だと思う。
・ 「正確すぎると伝わらない。単純すぎるとウソになる」。科学的情報を一般市民に伝える時、我々が陥る悩みを表した言葉である。特に最近は、科学的成果がさらに狭く深くなり、社会的インパクトも増す一方で、ますます伝えにくい状況が生まれている。このような状況下で科学的情報をどのように伝えていけばいいのか。伝える側のマスコミの問題、受け取る側の市民の素養、情報を送る側の専門家。それらが一体になり、健全な科学コミュニケーションの在り方を模索していく必要がある。

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