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ABUロボコン誕生の夜

今から10年以上前、渋谷の一角にある、傾きかけたおんぼろ料理屋の2階で、ABUロボコンは生まれた。当時私は、NHKエンタープライズでロボコン担当のプロデューサーをしていた。NHKがやっている3つのロボコンを維持する為に、毎日走り回っていた。その中で、最もお先真っ暗なロボコン(大学部門国内大会)があった。NHK内部のお偉いさんの意見のほとんどは、そのイベントは中止すべきというものだった。私は激しく抵抗し、国内大会を「国際化」することで生き延びようともがいていた。しかし四面楚歌、資金のめども立たず、周囲の反対で、もうだめかと思っていた矢先、NHK会長の特命を受けたある人物(後の理事)と、たまたま食事をする機会があった。ほろ酔いの中、「何かNHKが世界に貢献出来ることはないか」と問われ、私は「ロボコンをアジア各国の若者でやりたい」と持論を展開し、直訴した。酒の宴がすすみ、その日はそれで終わった。翌日、その人物から、ABU(アジア太平洋放送局連合)の事業として展開できるかもしれないとの電話が入った。私はびっくりしたが、事態はあれよあれよとトントン拍子に進み、1週間後、ABU理事会で決定してしまった。現地滞在中のNHK会長から電話を頂き、私はそれを呆然としながら知った。その後、ロボコン関連のプロデューサーたちと、世界各国を走り回り、ロボコンを説明し、実現方法を説いて回った。「アジアの青少年を育てる教育イベント」をつくりたいという一心だった。あれから10年。ロボコンの精神は、アジア太平洋40カ国の参加国の中に広がろうとしている。「自分の頭で考えて、自分の手でつくり、それを操作する」人類普遍の喜びを、体全体で表現する青年たちを見て、本当に嬉しい。願わくばこのイベントが、単なる国威発揚の場になるのではなく、共同してアジアの若者たちを育てていく、愛に満ちた教育の場になることを、心の底から願っている。

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コメント

 ABUロボコン、何か、唐突に生まれたように感じていたのですが、そのような誕生の背景があったのですね。

投稿: 市川 誠 | 2010年11月 5日 (金) 00時49分

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