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2010年6月

テレビマンの育児日記(1)「受容って何だ?」

娘が生まれたのは今から23年前、自閉症とわかったのは2歳の時でした。その後、成長するにつれて、私たち両親に「悩み」が生まれました。それは、しつけるとき、どこまで強くしかっていいのかということです。自閉症の子はストレスに弱く、すぐパニックを起こしてしまいます。当時読んだ本に「受容が大切」という言葉がありました。強く叱るより、自閉症の子どもの行動を規制せず、言い方はよくないですが、まずは放任し、誘導するように社会性を身につけさせていく考え方です。おしりをたたくなどもってのほか。「スパルタ教育」は百害あって一利なし。そして、なによりも、自閉症の子が暮らしやすい社会こそ、優先されて作られるべきだとなります。

娘が幼稚園にあがるころ、私たち夫婦は、この方法を実践しているある施設を見学に行き、実は、少し考え込んでしまいました。その子たちはやりたい放題。確かにのびのびとはしていますが、社会の常識とは大きくずれ、このままではとても社会生活などできないように見えました。誤解を恐れずいうと、わがままを容認し、悪いのは社会のほうだと開き直っているようにすら感じました。

理屈は確かにわかります。しかし、実際の社会は自閉の子が生活しやすいようには、全くなっていません。無秩序な騒音が鳴り響き、けばけばしい看板が並び、無慈悲な人間の集団が、突然覗き込んだりちょっかいを出したりしてきます。轟音を上げてバイクや自動車が道路を走り、時には信号を無視していきます。もし自閉の子がその道路に飛び出し、事故を起こしそうになったら、おそらく親は、二度としないように強くしかり、スパルタ的なこともしてしまうかもしれません。「・・したらだめ!」という否定の言葉よりも、「・・しましょう」という誘導の言葉が大切とはわかっていても、「・・したらだめ!」としからなければならないときもある。危険に直面したわが子を前に、自閉の子に向いた社会ができるのを待っている余裕はないのです。社会が変わる前に、社会にあわせて最低限のことができる子を育てないと、自閉の子は生きてはいけないのです。

ジャーナリストの目から見ると、確かに最大の問題は、自閉症の人に寄り添わない社会制度の不備にあります。しかし現実には、目の前の問題を解決するために、折り合いをつけるしかないのも事実です。なんと不条理な世界。将来の社会変革を夢見ながらも、私は最近、自閉の子の心を傷つけず、うまい具合にとりあえず社会と折り合いをつけていく、未来型のシステムがないものかと、考えるようになってきました。

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はやぶさ、ありがとう。

小惑星探査機はやぶさが、7年、60億キロもの旅を終え、ついに地球に帰還した。NHKが撮影した映像を見ると、はやぶさ本体がばらばらになりながら燃え尽き、その中から、小惑星イトカワの砂が入っている可能性があるカプセルが、まるで飛び出すかのように一本の線となって飛行を続ける様子がわかる。果たしてイトカワの砂は入っているのだろうか。

それにしても、はやぶさは、どうしてこれほど日本人の心をとらえたのだろうか?理由の1は、プロセスがドラマチックだったこと。何度も絶体絶命の状況を乗り越え、奮闘しながら生き延び満身創痍で地球に帰還する姿は、日本人の心を感動させ、やがて探査機に人格を与えていった。第2は、科学者たちの熱い気持ちがつたわってきたこと。「もうだめか」と何度も思いつつも、決してあきらめず、奇想天外なアイデアで見事に乗り越えた科学者たち。その背後には、手作りのはやぶさを知り尽くした科学者たち、町工場の技術者たちの深い洞察力があった。そしてその3は、はやぶさが目指したプロジェクトのユニークさ。アメリカに比べてお金がない日本が思いついたのは、火星などのメジャーな星ではなく、見知らぬ小惑星に降り立ち、直接サンプルを採取し、太陽系の謎に迫ろうという独創的なものだった。そして、将来深宇宙探査で使用されるイオンエンジンなど、数々の技術にも挑戦し、成功させた。この意味ではやぶさの成功は、今後の世界の宇宙開発に、今後大きな影響を与えると思われる。

はやぶさは、宇宙開発が秘める、科学の醍醐味と人間のもえたぎる好奇心の存在を知らしめた。実は7年前はやぶさが地球を飛び立つとき、何万人かの国民の名前がその中に搭載されていたが、我が家の家族5人の名前もその中にあった。子供たちはその後成長し、長男はりっぱに自立して働いている。はやぶさはこの7年の我が家の歴史の証言者でもあるのだ。

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