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2009年5月

石本美由起さんのご冥福をお祈りします

作詞家の石本美由起さんが85歳で亡くなった。

我が家では「イシモトのおじちゃん」と呼んで、僕や妹、そして姉は、子供のころから親しんでいた人だ。

僕の父親は倉敷市役所の職員だったが、趣味で詞をかき、石本さんも作詞仲間。お互いに貧乏だったが、人生のふしぶしを言葉に紡ぎ、生きる切なさ、美しさを表現することに思いを託す、夢多き青年達だった。当時、石本さんは時々我が家に泊まりに来たりして、家族ぐるみの交流が続いていた。

その後、「悲しい酒」「矢切りの渡し」など、作った歌が次々とヒットし、石本さんは歌謡界の重鎮となったが、若かったころのつながりは保たれ、父との交流は長く続いていたようだ。星野哲郎さんもそんな仲間の一人だと、懐かしそうに父は語る。

そのような姿を見て、「友情」というものの大切さを、しみじみと感じる。

同じ日、新聞で、「作家の栗本薫さん(評論家の中島梓さん)が、がんで亡くなった」という訃報も報じられた。

中島さんは妹(旺なつき:舞台女優)と親交が深く、脚本を書いてくれたこともある。僕も妹の経営する六本木の店で一度お会いしたことがあるが、思慮深く、感性のみずみずしい人だった。

この日、日本は二人の才能を失った。

二人の知り合いが同時にこの世を去る、室山家にとっては、悲しい一日となった。

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忌野清志郎さんありがとう

忌野清志郎が死んだ。がん性リンパ管症だった。「うそだろ」とつぶやいた。
人間の潜在意識の底の方から聞こえてくるような、あの声が好きだった。「雨上がりの夜空に」も「スローバラード」も好きだが、僕がまだ学生の頃ラジオから聞こえてきた「僕の好きな先生」が忘れられない。遠く近くにとぎれとぎれに聞こえるおんぼろラジオから、あの歌が聞こえてきたとき、言いようのない安心感を感じたのは、なぜなのだろうか?
清志郎さんの葬儀。雨上がりの空に、二重の虹が出たそうだ。気象庁によるととても珍しい現象。そういえば25年前、僕が妻にプロポーズしたときも、宮崎の一ツ葉浜から見た太平洋上空に、大きな二つの虹が出た。「そんなわけねーだろ」と友人は信じてくれなかったが、今日それが証明された。
今日はすこし嬉しい。そしてとても悲しい。

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